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合鍵
時は少しだけ進み2月14日、バレンタインデー当日。可愛らしい装飾に彩られた街はいつになく活気付き若いカップルで大賑わいな筈だ。相も変わらず駆け込みの恋占いの列は絶えず、占いの館としては大繁盛極まりない。きっと今頃秋も量産したチョコレートを捌くのに大忙しだろう。
程よく客が途切れた所で今日は他の従業員たちも労うべく早仕舞いを提案すると皆喜んでいた。自分も早速コートを着込みバッグを手にファッションビルを後にする。行き先は街の小さな洋菓子店、レビューは常に高評価の隠れた名店だ。そして秋の職場でもある。場所は聞いていたが実際に訪れるのはこれが初めてで緊張感が漂う。カランカランと入店音のベルが鳴り、店員の女性が色とりどりのケーキやチョコレートセットが並ぶショーケース越しに現れる。
窓から奥の工房が一望できる作りになっていてその中に秋を見付けて頬が緩んだ。
「あ、須藤秋ってパティシエに用事があるんですど……」
「須藤ですね、かしこまりました」
奥に向かっていった女性店員が秋に声を掛けている。その時此方を向いた秋が窓越しにオレを見付けると花が咲き誇る様な笑みで手を振ってアピールしすぐにショーケース前まで出て来た。白のコックコートに腰に巻いた黒のエプロンとおしゃれな帽子姿の秋はいつもとだいぶ印象が違う。
「智也さん!」
「今日早仕舞いしたから来てみた」
「どうしよ、嬉しいです……俺もうちょっとで上がれるんで、イートインスペースでケーキでも食べてて貰えますか?ご馳走します」
「分かった、それじゃこのストロベリータルト」
尻尾を千切れんばかりに振っている想像が出来る程喜びを体現している秋がショーケースを指差す。改めてケースの中を見ると色鮮やかな果物をふんだんに使った美しいケーキばかりが並んでいる。時間的にもやはり在庫はもう少ないが、一際目に付いたストロベリータルトを見詰めた。
するとショーケースから秋がストロベリータルトをひとつ取り出して皿に乗せる。会計は後でするのか女性店員にメモ書きを渡していた。
小さなトレーに使い捨てのフォークとタルトが乗った皿が置かれ、それを秋から渡される。受け取った後に店内をよく見れば焼き菓子コーナーの奥に椅子とテーブルが幾つか並んでおり此処か、と察して持って行った。
一人掛けの席に着き、バッグをテーブルの端に置いてからフォークを手に取りストロベリータルトのフィルムを剥がして早速フォークを突き刺し掬い取ってひとくち頬張る。甘さと酸味が丁度良く、クリームもしつこくない。サクサクのタルト生地が食感も楽しませてくれた。
黙々と食べ進めながら店内の様子を見ているとやはりバレンタイン当日という事もありチョコレートセットやケーキがどんどん売れている。中には焼き菓子を纏め買いする客もいた。
タルトを食べ終え一息吐いていると私服に着替えた秋がショーケースの前で会計をしている所が見える。すぐに此方に近付いて来ると共に席を立ち、バッグを持ってトレーを返却口に置いた。
「お待たせしました」
「お疲れ、秋。ケーキご馳走様」
「お口に会いましたか!?このいちご俺が切ったんです」
「すげーおいしかった」
パリへ修行に行ったが肩書はまだ見習いらしい。それにクスクスと笑み、いつか本当に立派なパティシエへ成長するのが楽しみに思えた。
二人で店を出て2月の寒空の下をのんびり歩き出す。時折吹く風がまだほんのり冷たい。
「智也さんが迎えに来てくれたの本当に嬉しいです」
「仕事してる秋見てみたかったし?格好良かったよ」
「本当ですか!?」
「見習い卒業したらもっと格好良いだろうけど」
相も変わらずオーバー気味のリアクションが犬そのものに見えて仕方ない。自然と笑顔が込み上げてポンポンと秋の頭を撫でてやる。
「次のアマチュア限定のコンテストで入賞したらお前も見習い卒業って店長が言ってたんで、俺頑張ります!」
「コンテストねぇ……ま、秋ならいけるでしょ。頑張れ」
「でもまた智也さんと会える時間が減ると思うと死にそうです……」
「なら今の内にたっぷり充電しとけば?」
悪戯に笑って秋の様子を見ると何を想像しているのやらほんのり薄紅色に頬が染まっていた。
そんなやり取りをしている内にマンションの前まで辿り着き、いつもの通りエントランスのロックを解除し中に入ってエレベーターで上層階へ上る。エレベーターの到着と共に出てバッグからキーケースを取り出し自宅の扉を開くとお気に入りのアロマの香りがして何処か安堵感があった。
家に上がるとバッグをいつもの位置に戻し、秋のダウンジャケットと共にコートをラックに掛ける。二人でキッチンで手を洗い、リビングへ戻ると秋がバッグから小さな紙袋を出して差し出して来た。
「俺が作った 本 命 のバレンタインチョコです。受け取ってくれますか?」
「受け取り拒否出来んの?」
「出来ません!はいかイエスしか選択肢無いです!」
「アハハ、ありがたく頂くわ」
そんなやり取りをしながら紙袋を受け取ると綺麗にラッピングされた小箱が入っている。ならば此方も隠しておいたアレを出す時かとチェストの一番上を開いて小さなプレゼントボックスを取り出す。それを秋の手の上に置いて微笑んだ。
「秋、開けてみな」
「はい……っ!これって!」
「此処の合鍵」
「智也さん……!!大好きです!!」
小箱を開き中身を確認した秋がばりと抱き着いて来た。その表情は今にも泣き出しそうで背中を撫でてやる。この反応を見るにサプライズはひとまず成功かなと満足した。
「これから一緒に住も、秋。これがプロポーズの答え。法律上まだ結婚は出来ないけどさ、オレの事一生かけて愛して?」
「ともやさんっ」
「泣き虫秋くんはカワイイねー」
「だって、俺嬉しくて……夢じゃないですよね」
ぽろぽろと大粒の涙を流す秋が愛しくて仕方がない。頬を両手で捕まえて近付くと何度も啄む様にキスをする。心地良くて暖かくて、心が満たされる感覚がした。
「夢なんかじゃない、って証明しとく?」
「それってどういう……」
「オレさ、こんなにドキドキしてるの初めて。まだ足りない?」
「……もっと証明してくれるんですか?」
秋の手を取ってオレの左胸に当てさせる。そこは心拍数が上がりドキドキと高鳴っていた。こんなオレでもちゃんと恋ができるんだと改めて実感する。
「じゃあオレの事抱いて確かめて?」
「一生愛します、智也さん」
テーブルにチョコの入った紙袋と合鍵の入った小箱を大切に置き、愛を確かめ合う為に寝室の扉を開けた。
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