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第2話 南の島の御社

「綺麗だなあ」 空を仰ぎ見て、春はまぶしい太陽に目を細めた。 雲ひとつない青が、どこまでも続いている。 肌をかすめる風はやわらかく、潮と草の匂いを運んでくる。 ここは、最南端にある小さな島。 人口は数百人ほどで、海と森に囲まれた場所だ。 一日もあれば歩いて一周できてしまうほどの大きさで、 その大半は緑に覆われている。 道を歩けば、すれ違う誰もが笑顔で挨拶をくれる。 静かで、あたたかくて、時間がゆっくりと流れていく―― そんな島だった。 春は幼いころから、この島に住む祖父に預けられて育った。 両親と過ごした日々の記憶は、ところどころ断片として残っている。 抱きしめられた温もり。 頭を撫でられたときの安心感。 名前を呼ぶ声の響き。 ――ただ、両親が亡くなった日の前後だけが、 ぽっかりと欠け落ちていた。 医師は、あまりにショックが大きくて、 その部分に関する記憶だけが失われたのだろう、と説明したらしい。 高校三年の春休み。 春は友人たちの誘いを断り、一人で森の中を散策していた。 「……じいちゃん、早く帰ってこないかなあ」 思わず、独り言がこぼれる。 春には、誰にも言えない秘密があった。 生まれたときから “死者が視え、死者の声を聞く事ができる。“ 幼い頃は意味も分からず、 助けを求めたくても言葉が足りなかった。 ただ泣き叫ぶしかない日も、多かったはずだ。 両親は、きっと手を焼いただろう。 そんな中、祖父は春にとって唯一の相談相手であり理解者だった。 「肝心なときに、いないんだもんなあ……」 空を見上げ、大きなため息をつく。 祖父は高齢ながら、祓い師として名の知れた人物で、 ときには国の依頼を受け、長期間島を離れることもある。 その行き先はいつも“極秘”で、 春でさえ詳しくは知らされていなかった。 (今、どこにいるんだろう) 両親の夢を久しぶりに見たせいか、 胸の奥に、小さな心細さが灯っていた。 今はただ、祖父のだみ声を聞かせてほしい。 「それにしても……今日は本当に気持ちいい日だな。 まさに、小春日和だ」 背伸びをして、歩き出す。 数メートル先で、春は石畳の階段を見つけた。 草に隠れた登り口は、まるで秘密の抜け道のようで、 胸の奥が、ふっとくすぐられる。 足をかけ、階段をのぼっていく。 人一人が通るのがやっとの細さで、 両脇からは丈の長い草が道を塞ぐように垂れ下がっていた。 それを、そっと両手で押し分けた瞬間―― 視界が、ぱっと開けた。 眼前に広がる、エメラルド色の海。 点のように浮かぶ、遠くの島々。 風に揺れる草の香り。 高台の中央には、 古びた小さな神社が、ひっそりと佇んでいた。 鳥居はなく、社には龍の彫り物が施されている。 木々の隙間から差し込む光を浴び、 まるで静かに眠っているかのような佇まいだった。 かつては参拝者も多く、賑わっていたのだろう。 今はただ、時の流れに取り残されたように静かだ。 その姿が、どこか物哀しくて。 春は、小さく息を吐いた。 気持ちを振り払うように頭を振り、 社の裏手へと足を運ぶ。 ――そこで、春の足が止まった。

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