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第11話 中編・五感で感じるもの

「目に見えない力を視認するって……正直、よくわからないです」 春が素直にそう口にすると、 蓮は呆れた様子を見せることなく、簡潔に教えてくれる。 「頭で理解しようとするな。 五感で感じ取るように意識しろ」 そう言って、 大きく、形の整った手が、ふいに春の視界を覆う。 「……もう一度、目を閉じて」 低く落ち着いた声に導かれるまま、 春はゆっくりと瞳を閉じた。 視界が暗闇に沈んだ瞬間、 それまで意識の外にあったものが、一斉に浮かび上がってくる。 竹の葉が、かすかに擦れ合う音。 遠くで響く、鳥の鳴き声。 そして、自分自身の――少しだけ速くなった呼吸。 (……こんなに、音があったんだ) 「深く息を吸え」 耳元に近い位置で、蓮の低い声が響く。 春は言われるがまま、 胸いっぱいに空気を吸い込んだ。 肺が広がり、内側から押し返される感覚が、はっきりとわかる。 「……今度は、細く長く息を吐け」 その指示に従い、ゆっくりと息を吐き出す。 吸って、吐いて。 呼吸を繰り返すうち、次第に身体の力が抜けていく。 瞼の上に置かれていたはずの蓮の手が、 いつの間にか遠ざかっていることを、気配で察した。 やがて、すぐ近くで、ほんのわずかに空気が動く。 「今、俺の手がどこにあるかわかるか?」 目を閉じたまま、注意深く感覚を探る。 すると、頬のあたりに、ほんのわずかな空気の揺らぎを感じた。 触れてはいない。 それなのに、“そこに何かがある”と、はっきりわかる。 「……頬、です」 「正解」 短く告げたあと、蓮は間を置かずに続けた。 「じゃあ、次は?」 今度は、首元の空気が、ふわりと揺れる。 風に似ているが、それとは違う。 もっと輪郭の曖昧な、しかし確かな存在感。 「……首」 「正解。次だ」 次の瞬間、肩にじんわりとした熱が灯る。 触れてはいないはずなのに、 確かに“そこにある”とわかる。 そのやり取りを何度も繰り返すうちに、 春は、ある異変に気づく。 自分の体の周囲に、 靄のようなものが、静かに広がっている。 形はない。 輪郭も、色も、曖昧だ。 それなのに――確かに、そこに存在している。 (……視えてる) 瞳は閉じたままだ。 それでも、脳が、感覚が、 それを“視認”している。 胸の奥が、どくりと脈打つ。 高鳴る鼓動を抑えながら、 春は、その感覚に意識を集中させ続けた。 「……もう、目を開けていいぞ」 その言葉に、はっとして、春は瞳を開く。 「蓮さん、視えました!!」 抑えきれない高揚が、そのまま声になった。 「白い靄みたいなものが、はっきりと! 目を閉じていたのに……!」 勢いのまま、春は蓮の手をぎゅっと握る。 真正面から向けられた、屈託のない笑顔。 その瞬間―― 蓮は、思わず息を呑んだ。 触れられた手の感触と、 間近で向けられるその笑顔に、 一瞬、思考が追いつかなくなる。 切れ長の瞳に浮かんだのは、 驚きとも戸惑いともつかない色だった。 「……今は、それでいい」 短く告げるその声は、 抑えきれなかった動揺を、 意図的に削ぎ落としたものだった。

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