23 / 34
第14話 破られた約束
彼方から禍々しい気配を感じ
その異様さに、、
春の喉が、ひくりと鳴る。
「……かな、た……?」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
唖然と立ち尽くす春の前に、
彼方は、音もなく降り立った。
胸の奥が、嫌な予感で満たされる。
――前回。
強制的に命を吸われたときの恐怖が、
記憶の奥から蘇り、
体が、意思に反して小さく震え出した。
『はる……』
彼方が、かすれた声で名を呼ぶ。
『僕……まだ……消えたくないんだ』
その言葉に、
胸の奥が、強く揺さぶられた。
彼方の身体は、前よりもはっきりと透けている。
輪郭は曖昧で、
ところどころ、彼方の向こう側の森が、透けて見えた。
――消えかけている。
そう理解してしまった瞬間、
春の思考は、急速に追い詰められていく。
(落ち着け……)
(まだ、考える余地はある)
必死に自分に言い聞かせる。
けれど。
『お願いだよ……はる』
差し出された手は、
あまりにも頼りなく、
今にも消えてしまいそうで。
春は無意識のうちに、一歩、前に出た。
その瞬間、
蓮の言葉が、鮮明によみがえる。
『俺の目の届かないところでは
絶対に力を使うな』
蓮と交わした約束。
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
『はる……』
彼方の声が、震える。
『……おねがい……』
その一言で、
春の中で張り詰めていた何かが、ぷつりと切れた。
――消えたくない。
ただ、それだけの願い。
誰かを傷つけたいわけでも、
奪いたいわけでもない。
ただ、生きたいと、
存在していたいと、
縋ってくる声。
蓮の顔が、声が、再び脳裏をよぎる。
それでも。
彼方が、今、ここで消えてしまったら。
彼方の願いを叶えるという誓いも、
この胸に抱いてきた想いも、
すべてが、そこで終わってしまう。
――そんな未来だけは、選べなかった。
(蓮さん……)
(ごめんなさい)
春は、覚悟を決めたように、
彼方の目をまっすぐ見つめた。
「……今は、まだ」
声が、かすれる。
「今はまだ、彼方の本当の願いを叶えることは出来ない」
それでも、と
言葉を続ける。
「……必ず、力を使いこなしてみせる」
「それまで、待ってて」
「僕が、彼方に……実体を取り戻してみせるから」
それは、
自分自身への誓いでもあった。
そう言って、
春は――自分から、彼方の手に触れた。
――刹那。
春の内側から、
溢れ出すように、靄が流れ出した。
彼方へと、
勢いよく、吸い寄せられていく。
春には、生命力そのものは見えない。
けれど、
この靄と同時に、
己の生命力が、確実に削り取られていくのを、
全身で理解してしまう。
足元が揺らぎ、
今にも崩れ落ちそうになるのを、必死で堪える。
歯を食いしばり、
春は、目を閉じた。
意識を、ひとつに集中させる。
霧状だった靄が、
瞬時に形を成し、
春の身体を包み込むように、覆っていく。
――そして。
力の流出が、唐突に止まった。
(……できた)
心臓が、
壊れそうなほど、強く脈を打っている。
鍛錬で得たものが、
確実に身についた高揚感とは裏腹に
体はひどく重たかった。
頭が回らなくなる。
――彼方は、どうなっただろう?
ぼんやりとした思考でそう思いながら、
春は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
けれど。
彼方の姿は、
もう、どこにもなかった。
静寂に満ちた森の中、
春だけが、一人、立ち尽くしている。
心臓の鼓動は、今もなお、耳鳴りのように響いていた。
胸の奥が、妙にざわついている。。
(……彼方……)
風が吹き、
木々が一斉にざわめく。
夜の闇は、
もう、すぐそこまで迫っていた。
彼方に命を吹き込んだ今なら
彼方から襲われる心配もない。
ロケットを握りしめ
別荘へ向かおうとした――その瞬間。
強い力で、
二の腕を掴まれた。
突然のことに息を呑み、
振り向いた先にいたのは――
蓮だった。
ともだちにシェアしよう!

