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第17話 ――Side.高崎彼方・壊れゆく願い
ねえ、直哉さん。
今日は、とても月が奇麗だよ
彼方は、いつものようにベッドの脇に佇み、
静かに、直哉の寝顔に語りかけていた。
回復しつつあるとはいえ、
その顔は闇夜の中でもわかるほど、まだ青白い。
そっと、愛おしむように、
その頬へと手を伸ばす。
――当然のように、
指は直哉の顔をすり抜けた。
……ああ、やっぱり。
でも、今は、それでいい。
だって僕は、
消えていない。
ここにいる。
直哉さんのそばに。
それだけで、
奇跡みたいでしょう?
本来、僕は
消えゆく存在だった。
いつまでも、
形を保つことはできないから。
誰にも見えず、
誰にも声は届かず、
願いと一緒に、
静かに消えていくはずだった。
でもね、
――春に出会ったんだ。
春は、僕を見た。
見えた、なんて生易しいものじゃない。
ちゃんと、
「そこにいるもの」として。
声が、届いた。
触れることも、できた。
ねえ、春は知ってるかな?
存在を肯定されるって、
すごく気持ちがいいんだ。
春は言ったね。
『必ず、実体を取り戻してみせるから』って。
……そう。
僕は実体を、取り戻せるんだ。
そうすれば、
生きていける。
直哉さんの隣で
一緒に未来を歩いていける。
彼方の視線が、ゆっくりと直哉から窓の外へと移ろいゆく。
月明かりが静かに闇夜を照らしている。
世界は、何事もなかったかのように、穏やかだった。
――ねぇ、春は知らないでしょう?
僕ね。
春に触れるたび、
少しずつ、
おかしくなっていったんだ。
最初は、
温かいな、って思っただけだった。
次は、
力強いな、って。
その次は――
離れがたくなった。
春の中には、
光がある。
命がある。
眩しくて、
溢れそうで、
触れるたびに、
僕の中が満たされていく。
この感覚を、
僕は、知ってしまった。
春は僕に言ったね。
『――待ってて』って。
待ってるよ。
待ってる。
……でもね。
彼方は、何も映さない目で、再び直哉を見下ろした。
月明かりの下で、その表情は、ひどく静かだった。
――僕は、気づいてしまった。
春から、
全部奪い取ればいいって。
そうすれば、
願い以上のものが、
当たり前のように手に入るから。
はる。
ごめんね。
君は、
何も悪くない。
全部、
僕が選んだことだから。
ほら、聞こえる。
胸の奥で、
何かが壊れる音。
でもね、
不思議と、
嫌な気はしない。
だってこれは、
願いが、
形になる音だから。
直哉さんと、
生きていくための
――正しい、祈り。
……そうでしょう?
はる。
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