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第19話 ——Side.黒鷺蓮・黒鷺重則という男
蓮は黒鷺の現当主――黒鷺重則から呼び出しを受け、
島の最北端にある岬で、部下と落ち合っていた。
ここなら、春の存在に気づかれることはまずない。
そう判断した上での場所だった。
部下が胸のあたりで支える端末の画面に、
見たくもない顔が映し出される。
「休暇は満喫しているか?
その島には、鷹宮家の別荘があるんだったな。
直哉君の様子は、その後どうだ?」
耳障りな声音に、蓮の眉間が深く刻まれる。
「……御託はいい。
要件があるなら、さっさと言え。じじい」
あまりにも不遜な物言いに、
部下の顔が一瞬で青ざめた。
画面を支える手が、わずかに震える。
だが、その反応を楽しむかのように、
端末の向こうからは豪快な笑い声が響いた。
「よもやこの儂にそんな言葉を吐けるのは、
お前ぐらいのものだろうよ。
一族の中で、それが許されるのもおそらくお前だけだ」
白く長い髭を撫でながら、
重則は愉快そうに目を細める。
「力のある能力者には、儂は甘いからなぁ。蓮よ」
蓮は、氷のように冷めた目で画面を見据えた。
――なら、なぜ紫苑を切り捨てた。
紫苑は、黒鷺の選定者だった。
ただ――生まれつき体が弱い。
それだけの理由で、贄として差し出された。
「蓮よ。鷹宮直哉君とは、仲良くしておくんじゃよ。
我が一族にとっても、利のある相手だ」
その一言で、
奥歯がぎり、と軋む。
(どこまでも、強欲なじじいだ)
「まぁ、儂も忙しい。
そろそろ本題に入るとするか」
不気味な笑みを浮かべ、
白髭を得意げに弄びながら、重則は言った。
「白鷺の力を借りて、
直哉君の恋人を甦らせてはどうかと思っての」
「――っ!?」
言葉を失った。
怒りが、全身を戦慄かせる。
「……自分が、何を言っているのか理解しているのか?」
喉の奥から、低く、殺気を孕んだ声が漏れる。
「白鷺の能力者を、ただ飼っているだけではつまらんだろう。
一人では無理でも、複数人で挑めば、
なんとかなるかもしれんぞ?」
蓮の視界が、赤く染まった。
「兄の……
黒鷺紫苑の悲劇を、繰り返すつもりか」
「まさか」
重則は、あっさりと否定する。
「あの時と今では状況が違う。
黒鷺の能力者を、無駄遣いする気は毛頭ないぞ。
まぁ……お前が修復したいと言うなら、止めはせんがな」
うまくいけば、
直哉の財閥に恩を売ることができる。
同時に、蓮――黒鷺の能力が、どこまで及ぶのかを測ることもできる。
どこまでも利己的で、
欲望にまみれた提案だった。
紫苑が死んだのは、
白鷺一族が手を出した、
死者蘇生という禁忌に巻き込まれたからだ。
死者を蘇らせるため、身の丈以上の力を注ぎ、
削れ落ちた白鷺の命を、紫苑は修復させられ続けた。
「力の引き出し方を研究する」という名目のもと、
ありとあらゆる非道を繰り返しながら。
重則は全てを知った上で、助けてはくれなかった。
白鷺の企みは失敗に終わり、紫苑は命を失った。
「……ゲスが」
吐き捨てるように言い放ち、
蓮は踵を返した。
「話にならない。
二度と、顔を見せるな」
「――蓮。
黒鷺の姓を捨てることは、儂が許さんぞ」
背中に投げかけられたその声を、
振り切るように、蓮は岬を後にした。
潮風が、強く吹き抜ける。
耳の奥に、重則の嗤い声が、いつまでも残っていた。
陽が傾き始め、
蓮は別荘へと続く道を急いだ。
先ほどから、
胸の奥に、嫌な胸騒ぎが張りついて離れない。
理由はわからない。
だが、今戻らなければ――
取り返しのつかないことになる気がしてならなかった。
ふと、
春に連絡先を伝えていなかったことを後悔しかけ、
すぐにその考えを打ち消す。
――俺と、深く関わるべきではない。
その判断は、今でも正しいと思っている。
春の能力は、あまりにも異質だ。
もし黒鷺一族に知られれば、
自我も尊厳も踏みにじられ、
非道の限りを尽くされる未来が、容易に想像できた。
だからこそ、
春の存在は、決して知られてはならない。
黒鷺の現当主・重則に目をつけられている自分は、
誰よりも、春に深入りすべきではなかった。
……わかっている。
わかっていたはずだった。
それでも。
気づけば、目が離せなくなっていた。
ころころと変わる表情も、
危険を顧みずに踏み込んでくる、その行動力も。
そして――
他人の痛みを、
まるで自分のことのように受け止めてしまう、
その優しさも。
先刻、春の命を修復した時も、
本来なら、手をかざすだけで充分だった。
だが――
俺の過去を知り、
俺の代わりに涙を流した春を見て。
俺を想い、
会わないと決めた春の言葉を聞いて。
その奥に滲んだ悲しみの色を見た瞬間、
抑えがきかなくなった。
命の修復が、
途中からただの口づけに変わったことも、
自覚していた。
春の中に浮かぶ、戸惑いと、わずかな恐れと、羞恥。
それらに混じって、
薄桃色の、あまりにも綺麗な光が揺らめいていた。
唇を重ねるたび、
好意という名の光は透明度を増し、大きくなっていく。
――もっと、育てたい。
――その色が、失われないように。
そう、思ってしまった。
と、その時――
遠くの方から、太鼓やお囃子の音が
風にのって聞こえてきた。
――そうか。
今日は、島の祭りの日だ。
直哉と彼方が、
一緒に行くと約束していた祭。
年に一度の、精霊祭が開催される日だった――
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