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第21話 失われゆく命
室内には、蓮と春の姿しかなかった。
静まり返った空間の中で、
春は青白い顔のまま、
蓮の腕の中に力なく横たわっている。
命の気配が、今にも消えてしまいそうだった。
蓮は春の名を呼びながら、手をかざした。
これほど削り取られた命に、
一気に大量の力を流し込めば、
春の体そのものが、耐えきれず崩壊しかねない。
服越しに手をかざし、
慎重に力を注ぎ込んでいく。
――だが、反応がない。
与えたはずの生気は、
春の中へ吸い込まれたあと、
跡形もなく消えていく。
生命力はすでに、大半が失われていた。
修復に向かう反応が、何ひとつ現れない。
蓮は春の顎に指をかけると
そっと仰かせた。
薄く開かれた唇へ、
直接、力を送り込む。
指先が、ぴくりとわずかに動く。
だが、それきりだった。
蓮の表情に、これまで見せたことのない焦りの色が浮かぶ。
「……死ぬな」
短く言い捨て、
春の体を抱き上げると、
窓際に置かれた天蓋付きの大きなベッドへと下ろした。
覆いかぶさるようにして再び唇を重ねると
何度も生気を送り込む。
それでも――
春の消えかけの生命力は、
霧のように体の周囲を漂うばかりで、
いつ消えてもおかしくないほど、か細かった。
(……また、失うのか?)
血色の戻らない春の顔を見下ろし、
嫌な汗が、蓮の背筋を伝う。
(紫苑だけじゃない。
春までも、俺から奪う気か……)
奥歯が、ぎり、と軋んだ。
その瞳には、迷いを断ち切るような光が宿る。
黒鷺の能力者が、他者に力を注ぎ込む方法は、三つ。
一つは、手をかざすこと。
服越しでも構わない。
二つ目は、口から直接、吹き込む方法。
唇を重ねる必要がある。
そして――
最も効果が高く、
最も多くの力を与えられるのが、
身体的な接触だった。
肌を重ね、
体の奥へ、直接、力を注ぎ込む。
迷っている暇はない。
春に残された時間は、
極わずかだった。
それが、何よりも恐ろしい現実となって
目の前に差し迫っている。
——二度と、後悔だけはしない。
蓮は口づてに生気を送り込みながら、
春の上着を一枚づつ脱がせていく。
露わになった色白の肌へ、
蓮の唇が、ためらいなく落とされた。
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