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第6話

 「ケニー……ケニー!」  レナードが何度呼び止めてもケニーはずんずんと山を登ってしまう。足も速く、なかなか追いつけない。  ケニーの腕をようやく掴んだときには、すでに中腹のところまで来てしまっていた。振り返ると大聖堂の尖塔が小さく見える。  額に浮かぶ汗を反対の手で拭い、レナードは息を整えた。  「わけがあるなら話を聞くぞ」  「……どうしてそこまで僕に構うんだ」  「ケニーがまだ子どもだからだ。一人になんてできない」  「子ども、か」  溜息を吐いたケニーの白い煙が空へとのぼっていく。  それをじっと見上げるケニーは観念したように小さく笑った。   「わかった。全部話すよ」   ここじゃ落ち着かないから、と腕を引かれた。   ケニーに連れて来られたのは人工的に作られた洞窟だ。前回のより小さく、奥行きもない。あくまでその場凌ぎの場所のようだ。   岩の上に腰を落ち着けるとケニーは重たい口を開いた。  「僕にはたくさんの番がいるんだ」  衝撃的な告白にレナードは目を剥いた。  「番を持つには早すぎないか?」  番は結婚と違って発情期がくれば何歳からでもなれる。だが大体成人する前後だという認識があった。  レナードの質問には答えず、ケニーは続ける。  「でもね、たくさん番を作っても僕を心から愛してくれる人はいなかったんだよ」  「番の制約があるだろ。心が強制的に番を求める」  「そんなもの、意味はなかったんだ」  一度唇を湿らせたケニーは続ける。  「けど一人だけ特殊な人がいた。初めて僕を叱ってくれたんだ。子どもを叱る母親のように正しい道を教えてしてくれたんだと思う」  サファイアの瞳がブランデンの方へ向けられる。きっとケニーの目には、愛する人の顔が浮かんでいるのだろう。それくらい愛おしさが滲んでいた。  「でも同時に正面から向き合ってくれる強さが怖かった。僕はそれまで誰かに求められたくて勝手に番にして、満足したら放っておく最低な男だ。見捨てられるのが目に見えている」  苦い汁を舐めたようにケニーの眉間には深い皺が刻まれている。  「でもずっと彼の情報は集めてた。そしたら病気でもう先は長くないと知って、ここまで来たんだけど」  「大切に想っているんだな」  「うん。だから失うのが怖い」  ケニーの指先は小刻みに震えていた。  「レナードたちと旅をしている間は楽しかったよ。フリン……フリッツはあまり好きじゃないけど」  「素晴らしい御方だ。ケニーもわかってるだろ」  ケニーは曖昧に笑った。アルファ同士、認めるのが嫌なのかもしれない。  「レナードは事故番でも愛する人と番になれたんでしょ? どうして解消しようと思うの?」  「フリッツ皇子には婚約者様がいらっしゃる。オメガの女性だ」  「妾としてそばにいれば?」  「それは無理だ」  「どうして?」  レナードは言葉を探すように自分の内側に問いかけた。そしてゆっくりと答えに手を伸ばす。  「自分の番が他の誰かと番っているところ見て、耐えられると思うか?」  ケニーは虹彩がくっきりと浮かび上がるほど目を大きく広げた。  「俺は卑しい。フリッツ皇子がミシェル様と番になっても、近衛騎士としてそばにいられるならそれでよかった。でも俺が番になったらだめだ」  フリッツが幼少期からミシェルを愛していることを知っている。だからこそ自分の恋は報われないのだと諦めがついた。  けれど番は鎖で強制的に繋がれた主従関係のようなものだ。  アルファは番を求め、オメガも番を求める。  当然愛しているミシェルの方が優先されるだろう。レナードみたいな大男がフリッツの慰めになるとも思えない。  どんな酷い扱いを受けても番になってしまったいま、レナードは惨めったらしくフリッツを求めてしまう。  理性では制御できない苦行を耐え続けなければならないなら自死を選ぶ。  だがケニーにはあまりピンとこないように首を傾げている。  「だから解消するの?」  「そうだ。これがフリッツ皇子のためにもなる」  「でもあいつはレナードを求めてるじゃないか」  「それは本能が書き換えられているからだ。ケニーもよく知ってるだろ?」  思い当たる節があったのかケニーは「そうだね」と頷いた。  「でもさ、それって番解消薬があること前提だよね。もしなかったらレナードはフリッツの妾になっていたでしょ?」  「それは……」  絶対にありえないとは言い切れない。皇族と番になったら、いままでの生活ができるとは限らない。それにレナードはオメガだ。  繁殖ができる男のオメガは、スペアを産まされるために城に囚われる可能性は充分にある。  そんな未来を想像すると背筋に冷水が滴り落ちたようにぞっとした。  「つまり解消薬がなかったら、レナードとフリッツはずっと番でいられる。例え妾という立場でも、幸せだと思える日はきっとくるよ」  「……自分がなにを言っているのかわかっているのか?」  いままでの会話をまったく聞いていないようなケニーの口ぶりに、レナードは眉間の皺を寄せた。  だがレナードの声が聞こえないのかケニーの目がどんどん釣り上がっていく。噴火する直前のマグマのようにどくどくと魔力の気配が濃くなる。  山に積もっていた雪が解け、洞窟の中が灼熱の夏のように暑い。じっとりとした汗がレナードのこめかみを伝う。  ケニーは立ち上がり、杖を握った。  「やっぱなくすしかない。番を解消するなんて許さない」  「ケニー!」  そう言い残すとケニーは洞窟を飛び出し、背中に羽根が生えたように空を飛んでいってしまった。熱風が巻き上がり、皮膚を焦がすような火が遠ざかっていく。  「いまのは風と……火の魔法か」  二属性の合わせ技だ。よく目にしているのでわかる。  だがこの国で二属性を持つ人間はフリッツただ一人のはずだ。  それがなぜケニーも二つの属性を持ち合わせているのか。  「一体ケニーは何者なんだ」  その答えをくれる人はここにはいなかった。    レナードが下山すると、関所の前でフリッツが足を踏み鳴らしながら立っていた。 苛立ちを隠そうともしない姿に衛兵が遠巻きで見ている。  「……ただいま戻りました」  「俺のそばを離れるなと言っただろ!」  フリッツの怒声に遠くで控えていた衛兵が建物の奥に隠れてしまった。木の上で休んでいた鳥たちがバサバサと空へ飛んでいく。  だが怯んでいる時間も惜しい。  「ご報告したいことがございます」  「まだ説教終わってないんだけど?」  「ケニーのことです」  ケニーの名前を出すとフリッツは「続けろ」と表情を一変させて先を促した。  レナードは先程聞いた話をかいつまんで説明するとフリッツの顔に渋面が浮かぶ。  「二属性か……」  「はい、間違いありません」  現在までフリッツのように二つの属性を持つ者は存在していない。それ故に彼の評価は高いのだ。  だが、同時に不安要素もあった。  強い力を持つということは国を滅ぼすことができる。  そのためフリッツは幼少期から愛国心を植えつけられてきた。そのおかげで彼はアーガイル帝国を愛し、立派な皇帝になろうとしてくれている。  でもケニーはどうだろう。  (あれは恐ろしかったな)  番解消薬をなくせばいい、と言ったケニーの怒り顔は悪魔に取り憑かれたような残虐さが潜んでいた。精神的に幼く、我慢が効かない子どものような無邪気さほど恐ろしいものはない。嫌いなものは食べなければいい、というような軽さだった。  フリッツは細い顎に指をかける。  「本当に二つか確認したか? 他にも属性を隠しているかもしれないぞ」  「まさか、それではエルフになってしまいます」  「そうだったりしてな」  冗談めかして笑うフリッツにレナードは首を振った。  「あり得ません。エルフは御伽噺でしょう?」  「だが見目は子どもだが、ケニーの年齢では考えられないくらい腕がたつ。それにあちこちに番がいるというのも引っかかるな」  まったくもってピンとこない。  稲穂のような黄金色の髪と小生意気に釣り上がったサファイアの瞳を持つケニーは、どこから見ても青年だ。上に見積もっても十七歳くらいだろう。  だがエルフは寿命が千年と長く、見目が若い時のまま変わらないと言われている。  御伽噺の一つとして、エルフの冒険譚は子どもに人気だ。  フリッツは再び口を開く。  「番に会いに来たと言ってたんだよな」  「はい。もう先は長くないと」  「……まさかな」  「どうかされました?」  「いや、いい。とりあえずどこにいるかわからないケニーを探している時間が惜しい。早くダンテ辺境伯に会いに行くぞ」  「わかりました」  フリッツの怒りが治まったことに安堵したのか、影に隠れていた衛兵が城まで案内してくれた。  街は目も当てられないほど酷い状況だ。店や家屋は壊され、焼け焦げた匂いがする。領民の生気はなく、焦点の合わない目で片付けをしていた。  レナードは街を見渡して胸が締めつけられた。  「これは酷いですね」  「先日とうとう街にまで入ってきました。どうにか持ち堪えられましたが、事態は深刻です」  魔獣は人の血を飲めば飲むほど力を増すと言われている。  頻繁に襲いに来るので魔獣は力をつけてきているそうだ。  「猶予はない、ということか」  フリッツと目線を交わし、レナードたちは先を急いだ。  ダンテ辺境伯が住んでいる城は領地の一番北にある。城壁に囲まれ、敷地内には礼拝堂が建てられていた。  シェル・キープと呼ばれる輪っか型の石造天守の城で、懐にかなり余裕があるのが伺える。  だが外観の豪奢さとは一変して、室内は質素だった。調度品や絨毯、シャンデリアなどの家具はハルスティ学園よりランクが一つも二つも下だ。とりあえず置いておく、というのが透けて見える。  とても一領主の城とは思えない。  レナードの視線に気づいた衛兵は苦笑を漏らした。  「アディス家の方々はご自分たちにお金をかけたがらないのです。最低限でいいと」  「領民想いなのですね」  貴族や政治家は本来自分たちの権力を誇示したがる人が多い。服を着飾り、豪華絢爛な城を建て自分の力量を周りに示すことをよしとしている。  だがその財源は領地から巻き上げた税金や農作物だ。領主が贅沢をすればするほど領民たちの暮らしは苦しくなる。  領民たちの暮らしを護るために質素な暮らしを心掛けているとしたら、アディス家はかなりの人格者だ。  「せめて城だけでも、と私たちが申し出て立派なものを建てたんです。ここからだと他国から見えますしね」  「他国に存在を示す、ということですか」  「はい。お陰で隣国からの圧力はなく、製薬に集中できています」  他国に自分たちが豊かだと知らしめるためには大きな城を建てるのが効果的である。隣国との境であるブランデン辺境地だからこそできることだ。  それだけで相手は怯む。   「着きました、こちらです」  衛兵が止まった扉は白い材木を使われ、金の意匠が施されていた。一目で辺境伯の自室とわかる。  フリッツと視線を交わし、彼がノックをして先に入室した。  「失礼します」  部屋は驚くほど広く、天井までうず高くそびえる本棚には整然と本が差さっている。けれど家具はテーブルとカウチとベッドのみで、調度品の類はない。  窓際のベッドの隣に医者と思われる白衣を着た男が立っており、フリッツに気がつくと頭を下げた。  ベッドの背凭れを上げ、横たわっている男がゆるゆるとこちらを向く。白髪が混じり、顔には年相応の皺が刻まれている。  レナードの記憶よりもずっと年老いたダンテだ。  フリッツは背筋をピンと伸ばしたままベッドのそばに近づいた。  「お初にお目にかかります。アーガイル帝国、第二皇子フリッツ・テイラーです」  フリッツが皇族らしく首を曲げる会釈をした。  ダンテの瞳は冬の空のように澄んだ青色をしている。彼はフリッツの姿を見て、小さな息を漏らした。  「……このような形で申し訳ありません。ダンテ・アディスです……ごほっ」  「どうか楽になさってください」  「申し訳ありません」  ダンテの声は潰れた蛙のように酷いものだった。喉がやられてしまっているのだろう。  レナードはフリッツの後ろに控えているとダンテに目を向けられた。  フリッツと同じ青色の瞳に引き込まれそうになる。身体は衰えているが、瞳はまだ死んでないとばかりにくすみ一つない。  呆然としているとフリッツに肩を小突かれて、レナードも頭を下げた。  「フリッツ皇子の護衛をしております、レナード・ノバックです」  「……きみは、以前も会ったことがあるね」  「はい、殿下。抑制剤の件で大変お世話になりました。お陰様で体質に合っているようで助かっています」  「あのときと比べると……僕は随分老けただろう」  「いえ、そのようなことは」  「僕の命が燃え尽きようとしているんだね。オメガはわかりやすくて敵わない」  自嘲的に笑うダンテにレナードはなにも言えなかった。  (つまり俺も殿下と同じ道筋を辿るということか)  長い間若々しい見目でいたのに一気に老け込み、死へと近づく。夏の間しか生きられない蝉のような生涯だ。  そうこうしているうちにダンテはゆっくりと瞼を閉じてしまった。弱々しい寝息が続き、どうやら眠ってしまったらしい。  医者がダンテの脈を確認した後、ベッドの背凭れをゆっくりと倒した。  「申し訳ありません。ダンテ様はいま、あまり起きてお話できる状態ではないのです」  医者の言葉にフリッツは目を見開いた。  「それほど危険な状態ということか?」  「もって数日というところでしょう」  医学が発達しているブランデンの医者が言うのだから間違いないだろう。  レナードたちはダンテを起こさないように部屋を辞去し、衛兵に案内されるまま応接室へと移動した。  応接室にはダンテの遠縁と衛兵たちが揃っていた。  タバードをまとった縁者の男がフリッツに敬礼をする。  「この度はご足労感謝します、フリッツ皇子」  「おまえがいま指揮を執っているのか」  「僭越ながら。ですが、魔獣の奇襲が読めず、このザマです」  男は苦笑を漏らした。普段は製薬会社をまとめており、ダンテのはとこらしい。ペイジとして騎士の小姓を務めていたことはあるが、実戦経験も戦術のノウハウもないそうだ。  元々ブランデン辺境地は雪山に囲まれているため、他国が攻め入るようなところではない。  薬草を育て、医療技術を向上させることにのみ注力している。戦いとは無念の領地だ。  そのため衛兵は領地の一般市民で成り立っている。  フリッツは衛兵たちを見渡し、後ろ手を組んだ。  「では俺がいまから指揮を執る。異論はないな」  「感謝いたします」  縁者の男と衛兵たちは背筋を伸ばし、フリッツに敬礼した。  「状況を把握したい。地図はあるか」  フリッツが催促すると衛兵のリーダーが領地の大きさや金木犀の位置などを細かく書き記してある地図をテーブルに広げてくれた。  それを一通り眺め、フリッツは小さく頷く。  「魔獣は毎日来ると聞いたが、同じ時間か?」  「いえ、バラバラです。早朝のこともあれば夜中のこともあります。でも比較的夕方以降が多いですね」  「魔獣が一番活発になる時間帯だな」  フリッツの言葉にリーダーは頷いた。  魔獣は夜行性と言われている。闇夜に溶ける黒い毛で覆われているので、戦いづらいのが難点だ。  リーダーは続ける。  「ですが必ず南門から来ます」  「つまり他国の仕業の可能性が低いということか」  「恐らく」  「なら一つ懸念は減ったな」  フリッツの見解にレナードは同意した。  ブランデンには関所が二つある。国境に面した北門とアーガイル帝国の一部である南門だ。  北の金木犀が燃やされているなら隣国から戦争をふっかけるつもりなのかと危ぶまれたが、その可能性が潰れた。  つまりアーガイル帝国にいる者の仕業ということになる。  だが、謎は深まるばかりだ。  アーガイル帝国は平和な国だ。領土が北から南まで縦に長く、一年中農作物が豊富にとれる。税が規定以上に高いわけでもない。  領民にとって暮らしやすい国である。  謀反を起こすほど酷い状況ではない。  それとも国に対してではなく、誰か個人を狙っているのか。でも誰を?  レナードが頭を巡らせても答えは一向に出てこない。  フリッツは険しい表情のまま外に視線を向けた。  「もう日が沈むな」  窓から見える稜線にはすべてを飲み込む夕焼け空が広がっている。  今日はまだ魔獣は来ておらず、夕方以降に襲撃される可能性が高い。  フリッツは衛兵を二つのグループに分けた。それぞれ街と南門に配置する。  なにかあったら花火を打ち上げて応援を呼ぶように決めた。  そしてフリッツは風の魔法を使い、アーガイル帝国の整合騎士団に応援を要請した。騎士団なら空を飛べる騎士が大勢いる。すぐに出立してくれれば明け方には駆けつけられるはずだ。  それまで持ちこたえられるかが鍵である。  「よしでは行くぞ」  フリッツの掛け声に衛兵たちは背筋を伸ばした。たった数分で状況を理解、改善をして衛兵たちを鼓舞している。  皇子の有能さに衛兵たちが尊敬の念を抱いているのがわかった。  フリッツはそこらへんの莫迦な皇子ではない。常に国のために身を粉なにして能力を使ってくださっているのだ。  久々の戦闘にレナードの気合いも入る。剣帯に下がっている柄を撫で、衛兵たちと共に応接室を出ようとするとフリッツに腕を取られた。  「レナード、おまえは街を護れ」  「自分は前線に行きます」  フリッツの命令にレナードは首を振った。  騎士として長年鍛錬を積んだレナードは間違いなく戦力になる。  はっきり言って、ここの衛兵が十人束になっても負ける気がしない。  それに魔獣との戦闘には慣れている。  そんな自分が前線に行かないのはおかしい。  フリッツはもう一度繰り返した。  「おまえは街を護れ」  「自分の力量をお忘れですか?」  「門も大事だが、街も護る必要がある。また壊されるわけにはいかないだろ」  「なら街に入られないよう関所で止めてみせます」  「いいからおまえは街に残れ」  まるで子どもを説得するような口調にレナードは臍を噛んだ。言外に自分は足手まといだと言われて、黙っていられるはずがない。  「いくら主君でもその命令は受け入れられません」  「……おまえ、自分が言ってることをわかっているのか?」  騎士はどんな理不尽な要求でも主君に忠誠を誓う。主君が右と言えば右を向き、死ねと言われたら喜んで死ぬ。それだけ身も心も捧げている。  だが今回はばかりは無理だ。いくらフリッツが最強の魔導士だとしても、どんな魔獣が来るかわからない。  フリッツでも対処できない可能性もある。  (まだ手の中にあのときの喪失感が残っている)  泥濘に足を取られたフリッツが崖に落ちそうになったとき、自分の半身を失うかのような恐怖が身体の中で燻っている。  自分があずかり知らぬところでフリッツを危険に晒すわけにはいかない。  レナードは決意を込めて主君を睨めつけた。  「いまここであなたに粛清されても意見を変えるつもりはありません」  「はぁ〜なんでそんな頑固なんだか」  フリッツは乱暴に前髪をかき混ぜた。  『魔獣がきたぞ!』  外の見張り台から叫ぶ声と共に花火が打ち上がる。それを合図かのように城の外が騒がしくなった。  「南門だ!」  リーダーは窓から望遠鏡で覗き、花火が打ち上がる箇所を確認した。  見張り台からカンカンと警告を知らせる金が鳴り響く。まだ部屋に残っていた衛兵たちの緊張感が導線のように駆け巡る。  フリッツはちっと舌打ちをしてから、衛兵たちに命令をした。  「よし、手筈通りに行こう」  フリッツの言葉を合図に衛兵たちは外へと駆け出した。  レナードもドアへ向かうと再び腕を引っ張られた。振り返るとフリッツが威嚇する猫のように殺気立った顔をしている。  「いい加減、俺の言うことを聞け!」  「フリッツ皇子が怪我をされる方がこの国の惨事です」  「俺が……頼りないか」  「そういう話はしていません」  フリッツを護らせて欲しい。例えこの身がどうなろうとも、彼を護ることはすなわち自分の想いを貫き通すことと同じだ。  フリッツと視線をぶつけたままでいると領民たちの悲鳴が聞こえた。時間がない。  フリッツは諦めたように掴んでいた手を離してくれた。  「俺のそばを離れるなよ! 行くぞ!!」  「はい!」  レナードとフリッツは応接室を飛び出した。

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