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第13章 崩れていく優しさ

 空は暗くなり始めていた。仕事を終え、帰ろうとドアノブに手をかけようとしたその時。 「朔ちゃん」  レジ主任の声は、大きいわけではないけれどよく通る。その声が、今はわずかに曇っている。この感じは、まるで。 「……最近、何かあった?」  振り返ると、彼は思った通りの表情をしていて、胸が鈍く痛んだ。 「……いいえ」  何かもう少し気の利いたことを言えたならよかったのに。思いながら、レジ主任の鼻のあたりを見ていた。  圭ちゃんからも同じことを言われた。常連のいつも話してくれるおばあさんにも。深夜ドラマにハマっちゃって、なんて誤魔化したけど、彼にはそうはいかない。 「すみません、気をつけます」 「や、苦情が来てるとかそういうんじゃないんだけどね」  今の状況を、なんと言えばいいのかわからなかった。 「……もし困ったことがあるとかだったら、いつでも話して?」  主任とレジ係じゃない。俺を筒井朔人というひとりの人として見てくれている感じが伝わってきて、すぐに次の言葉を口に出せなかった。 「……ありがとうございます」 「おつかれ」 「お疲れさまです」  一礼して外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。  ここ数日、林さんを見ていない。ほんわりした笑顔と、最後に聞いた微かに落ちた声が頭に浮かんで首を振る。    家に帰り着くとクッキー缶を入れてある引き出しを開けた。缶に手を伸ばしかけて、止まる。  喉の奥がぎゅっとなる。クッキー缶が少し滲む。両目を右手で覆う。反射的に体に力が入る。  香澄さんが亡くなってから、涙を流していない。もしも、林さんが同じ立場だったなら、彼は泣くのだろうか。そんなことがよぎって、胸がざわつく。    引き出しに背を向けて、キッチンのスリムラックの下段に置いてあるハイボールを手に取る。いつ買ったのかも覚えていない。  その場で缶を開けて流し込む。ぬるい。  一気に飲んでしまうと、そのままベッドに倒れ込んだ。顔が熱い。頭が軽くぐるぐるする。  目を閉じると、俺はすぐに眠りに吸い込まれていった。

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