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四年前 02 黄金の少年
塔の根本まで行くと、敷地はぐるりと高い塀に囲まれていた。
門番に案内状を見せ、扉をくぐり抜ける。
すぐに迎えの大人が現れ、灰色のローブを手渡された。魔術師が着る、フード付きの裾の長い衣だ。見回すと、同じような灰色のローブを着た若者が複数、庭を歩いていた。灰色のローブは、学生がお揃いで着るらしいと、リュンクスは推測する。
控室で着替え、広間に移動すると、そこには同じ年頃の子供が集まっていた。
「……!」
自分と似たり寄ったりの子供達の中に一人、目立つ少年がいた。
塔の中央は空洞になっているのだが、その射し込む光を一身に浴びているような黄金の髪の少年だ。
同じ灰色のローブなのに、妙にさまになる着こなしだった。腰にちらと見えるのは、魔術師の杖だろうか。精緻な拵えの杖だが、分不相応のものを持っているという印象はまったくなく、少年がその杖を振るうさまが思い描ける。そんな熟練のたたずまい。
リュンクスの視線に気づいたのか、彼はこちらを振り向く。
暁の明星を思わせる輝かしい黄金の色彩が、リュンクスを真っ直ぐ射抜いた。
どきりとする。
時が止まったように、リュンクスとその黄金の少年は、見つめ合う。
「ようこそ、研磨の塔へ」
その時、広間に老人が現れ、話し出した。
新入生へのオリエンテーションが始まったらしい。リュンクスは、我に返って、黄金の少年から視線を外した。
「塔には、さまざまな国から、さまざまな立場の者が集まる。君達のうち何人かは、貴石級を目指すことになるじゃろう。貴石級は、魔術の研究や、魔物の討伐で功績を上げた魔術師に贈られる、最大の栄誉である。功績を重ねるごとに宝石を一つずつ与えるため、貴石級と呼ばれておる」
老人の言葉と共に、空中に星のように光る宝石の幻影が浮かび、新入生は目を見張った。
リュンクスも初めて見る魔術に驚愕した。
「まずは三年、学びなさい。三年学べば、自分に何が向いているか、見えてくる。塔に残って引き続き貴石級を目指す者、故郷に戻って私塾を営む者、あるいは治癒師を目指して寺院に入る者……君たちはいずれ自ずから選ぶべき道を悟るじゃろう。分からなくても悩む必要はない。塔の先生たちが、君たちに相応しい道を一緒に探してくれる」
老人は皺にうもれた瞳で、新入生一人一人の表情を確かめるように見渡した。
「ここで学ぶこと全てが、君たちの礎《いしずえ》となるだろう。些細なことでも注意深く耳を傾け、軽言は慎みなさい」
入学式は終わったらしい。
言うべき事を言い終えた老人は、塔の中央の木に溶けるように、忽然と姿を消した。魔術で移動したのだろうか。
老人の代わりに、黒いローブを着た中年の男が「はい、新入生はこっち」と腕を振った。
「これから二階の教室に移動して、ざっと説明したら、今日の授業は終わり。後は友達を見つけて仲良くすればいいよ」
新入生は、彼の案内に従い、移動を始める。
リュンクスもそれを追った。
新入生はぞろぞろ二階の教室に入る。
教室の奥には、黒板が置いてあった。
黒板の前に立った黒いローブの男性は、チョークを手に説明を始めた。
「僕は、貴石級の十位、柘榴石《ガーネット》のトルクだよ。名前の綴りは、こう」
トルクはチョークで黒板に白い線を書く。
しかし彼が書いた端から、白い線は黒板から浮き上がり、ニョロニョロと蛇のように動いて床に落ちた。
「ああっ! また名前が逃げ出してしまった!」
ここは驚くところだろうか、それとも笑うところなのだろうか。
そうこうしているうちに壇上の教師は、書く端から文字が踊り狂うので黒板の使用を放棄してしまった。
「僕は、遺跡の調査が本業で教師業はついでなんだが、遺跡の調査をしていて呪いに掛かってしまってね。それ以来、書いた文字が逃げ出すようになってしまって」
トルクの告白は興味深い。
他の生徒も食い入るように彼の話を聞いている。
「サーヴァント属性の魔術師に同行してもらえば良かったよ。そうしたら、事前に危険を察知してもらえただろうに。あ、サーヴァント属性って分かるかい?」
過去を悔やんでいたトルクは、台詞の最後で教師の顔に戻った。
支配するマスター、従うサーヴァント。
なんのことやらさっぱりだ。
いったい、どうやって足りない知識や技術を補ったらいいだろう。
入学初日で、リュンクスは既に途方に暮れていた。
「……という訳で、五年生からイベントの告知をしてもらいます」
「夕方から食堂で、新入生歓迎会をします。良かったら参加してください」
頭を抱えている内に、先生の話は佳境を迎えていた。
いつの間にかやってきた五年生の生徒が、壇上に立って話している。
新入生歓迎会!
リュンクスは、友達を作るチャンスだと思った。上級生とも話す機会がありそうだ。魔術師の基礎知識について、教えてくれる先輩を捕まえたい。
「説明は以上! 今日は解散!」
トルクは手を叩き、授業の終わりを告げた。
教師が去り、教室は席を立つ生徒で賑やかになる。
喧騒の中、リュンクスはどうしようか戸惑っていた。
誰かに話しかけたい。
だが、誰にどうやって話しかければ良いだろう。
「新入生歓迎会、行く? あ、僕はオナー・キャメロ。よろしくね!」
困っていると、鼻の頭にソバカスが浮いた赤毛の少年が声を掛けてきた。
背格好はリュンクスと同じくらい。素朴で嘘の付けなそうな、明るい雰囲気の少年だ。
リュンクスは天の助けだと、彼に感謝した。
「俺はリュンクス。歓迎会、行くよ。一緒に行かないか」
「僕もそう言おうと思っていたところだよ」
オナーは屈託のない笑顔を見せる。
リュンクスは心底ほっとした。
彼とは仲良くやっていけそうな気がした。
一方、オナーの方は最初からリュンクスを同胞だと思っているらしい。まるで出会う前から友人だったような調子で、話を続ける。
「ねえリュンクス、同級生にブリストの子がいるの、気付いてた?」
「ブリスト?」
リュンクスはきょとんとした。
「ほら、代々、魔術王国アウレルムの宮廷魔術師をしている由緒正しい貴族のブリスト家だよ! あそこにいる金髪の子がそう」
「ごめん。俺そういうの、よく分からなくて」
オナーが指さす方向を見ると、例の黄金の少年がそこにいた。
向こうも視線を感じていたらしく、目が合う。
どくん、と鼓動が高鳴った。
黄金の瞳に見つめられると、まるで獅子の前に出たウサギになった気分になる。
相手は同級生だぞ、とリュンクスは自分に言い聞かせた。
向こうも話題になっていることに気づいたらしい。
「わっ、近付いてくる」
黄金の少年は、大股にリュンクスに歩み寄ってきた。
意外にも友好的な笑みを浮かべ、低い声で話しかけてくる。
弦楽器のように心臓に響く声だ。
「そう構えないでくれ。家はともかく、俺も只の同級生だ。カノン・ブリストという。仲良くしてほしい」
オナーがびくびくして後ろに下がったので、代わりにリュンクスが答えた。
「カノン。俺はリュンクス、こっちはオナー。カノンは歓迎会に出るのか?」
一瞬、相手の雰囲気に呑まれそうになったが、本人の言う通り只の同級生だとリュンクスは自分に言い聞かせる。
わざと呼び捨てにして反応を見たが、カノンは気分を害している気配はない。
リュンクスの問いかけに、淡々と答える。
「俺は出ない。リュンクス、歓迎会には出ない方がいい」
「どういう意味だ?」
「初対面で突然申し訳ないが、俺は君を友人だと決めた。だから忠告だ。もし出るなら、気を付けて」
カノンは「また明日」と挨拶すると去っていった。
「うわぁーお。友人にする、だって。すごい上から目線。王様みたいだ」
隠れていたオナーが感想を述べる。
王様か。言いえて妙だ。
確かにカノンは、王子様と呼ばれてもおかしくない貴族めいた雰囲気だが、堂々と威厳があるさまは王様のようだった。
「気を付けて、って、どういう意味だろ……」
「さあ?」
オナーと顔を見合わせる。
彼の言う「気を付けて」の内容が具体的ではなかったので、リュンクスは今ひとつ警戒感を持てずにいた。
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