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四年前 05 転んでもただでは起きない
ノクトの研究室で過ごした時間は、長いようで短かった。
誰にも触られたことのない体の奥を明け渡したのに、最終的に得たのは恐怖ではなく快感だった。意外にも思わず夢中になった頃合いで、ノクトはリュンクスを解放した。呆然とするリュンクスの肌を手早く清め、元通りローブを着せて、学生寮に送り返したのだ。
リュンクスは魂が抜けたようになっていた。言われるままに自室に戻り、寝台に横になると、朝までぐっすり眠った。
日も高くなった時間帯に、リュンクスは目覚めた。
故郷では早朝に起きて水汲みに出ていたのに、今日は一刻以上の遅刻だ。
天井に描かれた蔦の模様を眺めながら、とりとめもなく思考を巡らせる。
「……そうだ。カノンの奴」
同じ新入生のカノンは「俺は歓迎会に出ない」「歓迎会に出るなら気を付けて」と言っていた。
カノンは歓迎会の裏を知っていたのだ。
急にふつふつと憤りが胸に込み上げてきた。
「これ以上、後手に回ってたまるかよ」
ベッドカバーが皺になるくらい握りしめ、悔しさをぶつける。
見知らぬ美貌の先輩に犯され、リュンクスに沸き上がったのは、怒りだった。
俺は攻撃魔術も、同じ魔術師に襲われた時の対処も、ろくに知らない田舎者だった。入学試験に受かったと単純に浮かれていた。他の魔術師の家の子供と大きな差がある事も知らずに。隣村の魔女の婆の言うことは、爪の先くらい当たりだった。
今からだって遅くない。
情報収集し、魔術を勉強して、自分を守る力を身に付けるのだ。
「よっしっ!!!」
勢いを付けて起き上がり、自分の頬を叩く。
窓の外の鳥達が、びっくりしたように、飛び立った。
どうやら本格的な魔術の授業は、まだ先のようだ。
長々とした説明に終始する教師の言葉を我慢して聞き続け、やっと昼休みになった。
「カノン! 聞きたいことがある」
食堂に行く前に、カノンを呼び止める。
隣にいたオナーが不思議そうにした。
カノンは常に冷静な顔で、動揺というものを知らないような雰囲気の少年だった。今も突然呼び止められて、仰天する様子もなく、ゆっくりとリュンクスを振り返る。
「分かった。場所を変えよう」
二人は中庭に移動した。
大きな木の根元に腰かけると、カノンは一言二言、呪文を唱えて指を空中に走らせる。
「誰かが近付いたら、すぐに察知できる魔術だ」
「すごい。後で俺にも教えてくれ」
「それが本題か?」
魔術の勉強がしたいと考えていたから、つい後先考えずカノンに頼んでしまった。カノンは少し呆れているようだ。
リュンクスは咳払いした。
「いや……お前は知ってたんだよな。その……歓迎会が、サーヴァントの洗いだしをしているって」
「ああ」
カノンは頷き、リュンクスを観察するように見つめた。
「それでも、こんなに早く手を出してくる者がいるとは思わなかった。すまない。俺が気を付けていれば、君がサーヴァントになることはなかったかもしれない」
「!」
目の前の同級生は、何もかもを知っているのだ。
リュンクスは動揺したが、すぐに気持ちを切り替える。
「カノン、俺は親からサーヴァントが何なのか、塔がどういうところなのか、教わらなかった。だから、何に気を付ければいいのか、どうすれば魔術師としてここで安全に過ごせるのか、分からないんだ。教えてくれないか?」
率直に頼むと、カノンは微妙に眉を上げて驚きを表した。
「君からそう言ってくるとは思わなかった。君は、学ぶ事に貪欲なんだな」
こちらを見据える黄金の瞳に、かすかな賞賛がよぎった。
「リュンクス、俺と契約しないか?」
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