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四年前 06 契約
契約? きょとんとするリュンクスを説得するように、カノンは言葉を重ねる。
「君の事を利用してやろうとか、そういうつもりはないんだ。逆に守れたら良いと思う。初めて会った時から、何となく好ましく感じていた。もっと君と親しい仲になりたいだけだ」
カノンの言葉に嘘は無いと感じる。
乗るべきか、そるべきか。自分が重要な決断を迫られていると、リュンクスは感じた。
うまくいけば、貴重な友人と魔術の師匠、両方が手に入る。
「俺達は友達になれるかな……?」
マスターだとかサーヴァントだとか、難しい事は分からない。
ただ、リュンクスは同じ魔術師の友達が欲しかった。
「君が望むならば。そして、俺もそれを望んでいる」
カノンはきっぱりと答えた。
これって友達のやり取りだっけ、とリュンクスは笑いが込み上げる。塔に来るまでに想像していたのは、もっと普通の「友達になろうよ」「うん、よろしく」という会話だった。
こんな仰々しい、まるで王様と騎士のような格式ばった言葉を交わすなんて。
「分かった。お前と契約するよ」
リュンクスの答えに、カノンは僅かに安堵した様子を見せた。
もしかして、緊張していたのだろうか。
誠実そうなカノンに少し罪悪感を覚えながら、リュンクスはさっそく出来たばかりの友人を利用しようとした。
「昨日おそってきた先輩に、今後どうやって対応すればいいかな……?」
正直、彼が次に何をしてくるか、想像もつかない。
カノンは思案するように瞳を細めながら聞いてくる。
「襲ってきた上級生の名前は分かるか?」
「たしか、ノクト・クラブスって」
「! 霧氷の魔術師か。大物だな……」
カノンは目を見開き、口元に手をあてて考え込んでいる。
「そんなにすごい人なの?」
「ああ。難易度の高い霧や氷の魔術をあやつり、村をひとつ守って山賊団を壊滅させたという噂だ。塔の長い歴史で、最年少で貴石級を取得した天才でもある」
「えぇ?!」
確かに言われてみれば、とても綺麗な男で、威厳が半端なかったなと、リュンクスは考える。なぜ、そんな人が、俺をサーヴァントに選んだのだろう。
「君がほかの誰でもない、俺に声を掛けたのは正解だ。俺は、ノクト先輩の記録を塗り替えるつもりだからな」
困惑していると、カノンは戦意に燃える瞳で宣言した。
「俺はこの塔で、誰よりも早く貴石級を取得し、強くなって故郷に戻る。だから、安心していい。リュンクス、君は俺が守る」
はじめて出会った時に感じたように、カノンはその心根も目標も眩しい少年だった。
「カノンはすごいな。俺は、まずは落第しないことが最優先かな」
リュンクスには、そんな自信はない。
自分の分は弁えているつもりだ。
「先輩に襲われそうになったら、すぐに言ってくれ。いつでも助けに行く」
カノンはそう約束してくれたが、リュンクスは友人に頼りきりにできないと考えている。
いつか自力で対応できるようにならないと。
「うう。勉強することが多すぎて、どこから手を付ければいいか分からないよ」
カノンに相談すると、本を何冊か貸してくれた。
「俺が最初に読んだ魔導書だ。君の役に立つといいが」
「どれどれ……これ、何語?」
ミミズののたくったような魔術文字で埋め尽くされた本に、リュンクスは絶句した。
駄目だ、エリートの英才教育にはついていけん。
「オナー! 魔術について教えてほしいんだけど」
頭が良すぎるカノンに教えを乞うことをあきらめ、リュンクスは見るからに一般人そうなオナーに頼むことにした。
「もちろん良いよ! 論より証拠! 実演するから、よ~~く見ててね」
「……見ただけで分かるかっ」
オナーは魔術師の家庭に生まれ育ったが、魔術について体系だった知識を持っている訳ではなかった。もちろんリュンクスよりは、ずっと魔術師の常識に通じている。しかし、意味を理解して魔術を使っていないため、他人に理論を説明できない。
学校の授業は、じょじょに魔術文字や呪文などの本格的な講義に入っていっている。
リュンクスは、基本的なことが分かっていないので、講義についていけない。
唯一、一人前にこなせるのは、薬草学の授業だ。
父親が薬草を売る仕事をしていたため、薬草学は基本的なことが分かる。誰よりも先に課題を終わらせて暇を持て余していた。
「そういえばカノンと一緒じゃないな。あいつはどこに行ったんだ?」
ぼんやりしているリュンクスに気付いて、同じテーブルの同級生が話しかけてくる。
「親戚が用事で塔にきているから、今日は一日それに付き合うんだとさ」
リュンクスに「寄り道はしないで寮に戻れ」と念押しして、カノンは出掛けていった。
だから今日はリュンクスは一人だ。
「リュンクス、ご飯食べに行こうよ!」
「ああ」
授業が終わり、オナーが昼食に誘ってくれる。
二人で歩き始めたが、食堂に入る手前で、上級生が声を掛けてきた。
「やあ、リュンクス」
リュンクスは足を止めた。止めざるをえなかった。
「……ノクト先輩」
ついに来た、と身構える。
陽光の下で対面したノクトは、あの夜と同じく綺麗な銀髪と涼やかな容姿をしていた。道行く学生が、ちらちらとノクトを見ている。やはり彼は有名人らしい。
「久しぶりだね。昼御飯はまだだろう。私と一緒においで」
魔術を乗せた声ではないが、穏やかな口調は有無を言わせない強さを滲ませている。リュンクスの緊張した様子に、オナーが「大丈夫?」と聞いてきた。
いつか、こういう日が来ると思っていた。
リュンクスは覚悟を決めると、笑みを浮かべた。
「オナー、先輩と食べてくるよ。先に行ってて」
「う、うん。また後でね、リュンクス!」
オナーは手を振って去って行く。
手招きするノクトの後を追って、リュンクスは食堂を歩き始めた。
このことを知らせたらカノンはどういう反応をするだろうか、と考えながら。
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