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四年前 07 銀色の誘惑

 警戒するリュンクスに配慮したのか、ノクトは食堂の他の学生達と同じように、見晴らしのよい丸テーブルの席についた。  食事の載ったトレーを前に置き、緊張しているリュンクスに「ぼうっとしてないで食べたらどうだい? 昼休みは短いよ」と勧める。  先に食事を済ませた後、ノクトは本題を切り出した。   「カノン・ブリストを味方に付けるとは、驚いたよ。新入生の中では、一番優秀な子だ。ブリストが見ている前では、さすがの私も手を出すのは迷ったよ。良いボディーガードを手に入れたね」  開口一番、ノクトは、リュンクスの選択を褒めた。 「右も左も分からない仔猫ちゃんだと思っていたのに、もう爪を研いでいる。そういう賢い子、嫌いじゃないよ」    リュンクスは、友人のカノンが誇らしいが、素直にノクトの称賛を受けるのも抵抗感があり、複雑な気持ちになった。   「少し試して、他の魔術師に譲るつもりだったんだけどね、気が変わった。リュンクス、君は確保しておくべきサーヴァントだ」 「……」    この先輩は、障害が多いほど燃え上がるタイプだったらしい。  評価が上がっているのは嬉しいが、標的にされるのは頂けないと、リュンクスはげんなりした。   「……それで、先輩は俺に何をしてくれるんですか」 「おや? 私と交渉するつもりなのかい」 「先輩の中で俺は価値のある人材なら、それなりに扱って下さいよ。俺は安くないですよ」    挑発すると、ノクトは愉快そうに笑った。   「駄目だよ、リュンクス。交渉するつもりなら、具体的な希望を言わないと。だが君と話すのは面白い。たまには可愛い後輩の面倒をみるのも悪くないな」    アイスブルーの瞳を細め、ノクトは少し思案する表情になる。   「……そうだ、次の休みは空いているかい? 私の研究室に招待しよう。授業のメモを書き込んだ参考書や、魔術の資料がたくさんある。好きな書物を貸してあげるよ」 「!!」    リュンクスが希望を言う前に、ノクトの方から譲歩してきた。  しかし、研究室とは。  リュンクスの脳裏に、無理矢理、監禁され薬を盛られて犯された記憶がよみがえる。   「研究室って、この前、俺を捕まえた……変なことしませんよね?」 「するよ」  ノクトは意味深に笑った。 「するに決まっているだろう。私はマスターで、君はサーヴァントなんだから。興味ないかい? 自分が何をされるか」 「興味なんか」  僅かにトーンを落とし、他の生徒に聞こえないように声をひそめながら、ノクトは妖しい笑みを浮かべささやいた。 「素直になっていいんだよ。そうしたら、もっと気持ち良いことをしてあげよう」    彼の言葉はまるで麻薬のようで、リュンクスはくらくらした。  言葉で体の裏側をするりと撫でられているようだ。  仄暗い期待が胸の奥から沸き上がってくる。  この先輩に犯されたい。  汚されて、とことんまで堕ちてみたい。  そんな欲望が触発されるようだった。  黙りこんだリュンクスの表情から、何を考えているか察したらしい。   「ふふ、私の言葉に感じてるね。良い子だ」    ノクトは満足そうに言って、手を伸ばして軽くリュンクスの頭を撫でた。  されるがままになっていたリュンクスは、ハッと我に返る。  これでは先輩の思う壺だ。 「勝手に決めないでください!」  先輩の手を振り払う。 「俺の希望は、魔術について教えて欲しいということです。先輩が上手に教えてくれるなら、考えてもいいです」  要求を叩きつけると、ノクトはアイスブルーの瞳を細める。 「いいよ。お試しってことだね」 「!」 「では次の休みに、私の研究室で。可愛い後輩のマスターくんによろしく」  約束してしまった。  ノクトの最後の台詞に、カノンにどう説明しようと焦る。  しかし、賽《さい》の目はすでに投げられてしまった。あとは、なるようにしかならない。  ノクトと昼食をとった翌日。 「……次の休み、ノクト先輩と約束をしたんだけど」    リュンクスは恐る恐る、カノンに報告した。  カノンの魔導書の頁《ページ》をめくる手が止まる。 「君が自分から、約束したのか」 「魔術を教えてもらおうと思って。ほら、あの人は有名らしいじゃん」  後ろめたさを感じながら言いつのると、カノンは溜息を吐いた。 「確かに、ノクト先輩に教えを乞うのは、意味があるだろう。今の俺では、足りないか」 「……」  気まずい。リュンクスは、衝動的にノクトと約束してしまったことを後悔した。  やっぱり止めようかと口にしようとしたが、その前にカノンが言う。 「行ってこい」 「!」 「東の国には、虎穴に入らずんば虎子を得ずということわざがある。君が選んだのなら、友人として、君の意思を尊重しよう」  そうは言ってるけど、カノンめちゃくちゃ不機嫌そう!  いっそノクトのところになど行くなと止めて欲しい。もしくは、お前は友人でも自分のサーヴァントでもないと突き放して欲しい。だがこれ以上、下手なことを言うと余計にカノンの心が離れていきそうで、リュンクスは口をつぐむしかなかった。

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