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第3話
次の日、昼の十二時十五分。俺は午前中の大学の講義を終えていつも一緒にいる仲間と食堂に来た。
「おいノゾム、なにきょろきょろしてんだよ」
「そういや今日はなんだか授業も上の空だったな。なんだ?なにかいいことあったのかー?」
「はっ!?まさか、かわいい子でも見つけたか?」
「ばーか。そんなんじゃねーよ」
俺は周りの三人の友人にああだこうだ言われながら食堂の中を見回した。昨日のあの子はいないだろうか…そう思ったがどうやら彼は食堂には居ないようだった。
「俺、昼飯パス。ちょっと用事あるから」
「は?用事とかないだろ」
「いいだろ別に」
「かわいい子探しか~。気をつけてな~」
「だから!違うってば」
「次の三限には間に合うように戻って来いよ~」
「おう」
俺は食堂を出て彼がいそうな場所を探した。中庭、講義棟の休憩スペース、売店、カフェテリアなどを探してみたが彼はどこにもいなかった。空き教室や部室にでもいるのか?だったら探しようがないな…。俺は食べそびれた昼飯を売店で買うことに決め、売店に向かうその途中裏庭を通った。そのほうが近道だからだ。裏庭には今も使われている小さな教会があった。ここに教会がある理由はこの学校がキリスト教系の大学なのと、この建物は歴史的建造物らしく元々は隣町に建っていたものでそれを取り壊す前にこの大学の敷地内にそのまま移築されたらしい。教会を眺めてみると木造で全体的に雰囲気があってレトロである。そんな感想しか思いつかないが落ち着いた雰囲気が風と木々の揺れる音しか聞こえない静かな裏庭にとても似合っていた。そして教会の横の壁沿いに二人掛けのベンチが三つ点在しており、そのうちの一つに探していた彼を見つけた。
「…あ」
俺は彼が視界に入った瞬間声が出た。それにより彼は食べていた弁当から視線を上げ、俺と目が合った。
「…あ、昨日はどうも。まさか同じ大学だったとは」
「…どうも」
ぎこちない雰囲気だったが彼は嫌がる様子ではなかった。
「…ここに人が来るなんて珍しいです。ほとんど誰も来ないから、最近ここでお昼を食べていたんです」
「静かなほうが好き?」
「そうですね。うるさくても別にいいですけど、お昼はぼーっとしながらゆっくり食べたいというか」
「友達と一緒に食べたりしないの?」
「授業中に話す人や同じゼミの仲間はいますけど、これといった友達はいません」
「昨日一年って言ってたよね。サークルは?」
「入ってません。…俺バイトで新聞配達してて、朝早いし、夕刊の配達もあるから夕方途中で大学抜けるし、忙しいからサークルはできないかなぁと思ってて。少なくてもバイトに慣れるまでは。この春から始めたので」
「もしかして新聞奨学生ってやつ?すごいね」
「すごくないです。家が貧乏なだけで。俺が大学行きたいってわがまま言ったから、それしか方法がなかっただけで」
「そっか。じゃあバイク乗れるんだ」
「原付ですけどね。住んでるのは実家なんですけどそんなに遠くないので、大学も原付で来てます。…あなたは?」
彼は俺の様子をうかがうように聞いてきた。
「俺は大学近くの賃貸マンションに住んでるよ。もともと県外出身だから車で引っ越した関係で駐車場も借りてて車あるよ。大学は歩いて来るけど休日とかは車で移動するかな」
「じゃあ二人とも免許持ちですね」
彼は笑った。彼の体に春のやわらかな木漏れ日が降り注ぎきらきらと輝いてみえた。
「そうだね。あ、そういえば学部はどこなの?」
「俺は心理学部の心理学科です」
「俺は理学部の宇宙物理学科」
「そうですか。もしかして天文台でスタッフとしているのも大学の紹介とか?」
「そうだよ。大学からあそこを紹介してもらって一年の秋からアルバイト兼ボランティアしてる。半年くらいのまだまだ新人だけど」
「…ってことは二年生?先輩じゃないですか」
「あぁ、気にしなくていいよ。ただ年齢が一つ上ってだけだし」
「…あの、お昼、一緒に食べませんか」
「…いいの?」
「どうぞ、隣空いてるんで」
彼は座っているベンチの右側をスッと空けた。
「…じゃあ、お邪魔します」
俺は彼の右隣に座った。
「あ、でも売店に買い行かないと昼飯ないんだった」
「僕のでよければこれ、おやつ用に買ってたジャムパンですけど、あげます」
彼はパンをバッグから取り出した。
「え、いいの?おやつ、なくなっちゃうよ」
「あとでまた買いますんで」
「…じゃあこれ食べ終わったら一緒に売店に行こう。俺が食べた分君のおやつ買うよ」
「…ありがとうございます。先輩」
「お礼を言うのはこっちだよ。…ええと」
「…作之助、です。サクでいいです」
「わかった。ありがとう、サク」
「…ふふっ」
彼はまた笑った。
「どうしたの」
「いいえ、ちょっと嬉しくて」
「なにが?」
「…俺高校でちょっとなじめなくて、いつもひとりだったんです。大学に入ってもこういったところで一人で昼ご飯だったし。それで、今日先輩がここにきてくれて。久々に誰かと一緒に食べる昼ご飯っていうか、それが嬉しくて」
「…それならよかった」
「先輩はいつも誰かとお昼食べてるんですか?」
「いつもは食堂で友達とつるんでる」
「今日はいいんですか?」
「…実をいうと、サクを探してたんだ」
「……」
「昨日帰るとき教えてくれたじゃん。その時に、あ、同じ大学だって思って。明日探そうと思って。今日昼からサクのこと探してたんだ」
とたんにサクの顔が赤くなったのが分かった。
「え、そうだったんですか」
「うん。でもさ、なんで昨日名前聞いたとき大学名と学年まで教えてくれたの?」
「そ、それは…」
サクは目をそらす。
「…もしかしたらまた会えるかなって、期待したからです」
「…そっか」
「だから…まさか本当に会いに来てくれるなんて思ってなくて。正直、とっても嬉しいです」
「……」
俺は彼の言葉に胸がきゅっとなった。
「…先輩はなんで俺のことを探しに来たんですか」
「それは…やっぱり…昨日あんなこともあったし、サクのことが気になったから」
「…そうですよね。あんなことがあって」
「体調はもう大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です。薬もばっちり効いてます」
「ならよかった」
「お昼、食べましょ。時間なくなっちゃう」
「そうだね。パンいただきます」
俺たちはベンチでおしゃべりしながら一緒に昼飯を食べた。食べ終わった後二人で売店に来た。
「おやつ、何がいい?」
「うんと…そうですね。三時くらいにバイトに行く前ちょこっと食べるので、これで」
そういって彼はチョコレート味の栄養バーを手に取った。
「じゃ、これ買ってくる」
「ありがとうございます、先輩」
彼はニコッと笑った。俺はそれに少しドキッとしつつ会計を終え彼に商品を手渡す。
「あ、先輩。連絡先聞いてもいいですか」
「うん、いいよ!ライムでいい?」
「はい。じゃあ俺コード出しますんでそれ読み込んでください」
「はーい」
俺たちは連絡先を交換しお互いにスタンプを送りあった。彼からは可愛いリスの『よろしく!』というメッセージのスタンプが送られてきた。
「また連絡しますね」
「うん。じゃあまた」
俺たちは売店で別れそれぞれ次の講義の教室へと向かった。
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