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第10話

「なんだ?これ」 最上が横からヌッと紙を覗き込んできて、むっと眉をひそめた。 「じゃ、俺行くから」 「どこに」 「体育館裏」 俺は速足で歩き始めた。中庭から体育館裏へ向かうには講義棟の裏道を抜け、そのあとグラウンドの横を通る。グラウンドでは野球部が練習をしており、周りやチームメイトの声援の声が聞こえた。すると道の途中で野球の練習を見に来ていた家族なのだろうか、小学生くらいの子供が二人いた。俺は特に気に留めずに歩いていたがなぜか子供に呼び止められた。 「おにーさん!そこの、急いでるおにーさん!」 「ん?俺のことか。なんだ」 「んっとねー、いいものあげる!」 と子供は隠していた背中側から腕を出し俺に手を差し出した。その手に持っていたのはピンク色のかわいらしい袋で、中には梅味のクエン酸入り塩分タブレットが数個入っていた。 「これいっぱいあるからさ、よかったらもらってよ」 「いいのか?俺がもらって」 「うん!食べて」 「そうか、ありがとうな。お前らも熱中症には気をつけろよ」 「はーい!」 俺は先を急ぐため向きを変え歩きはじめた。しばらくしたあと、声援でうるさかった世界がしん、と静かになった。俺は不思議に思い後ろを振り返ったが、それは一瞬で、すぐに元のうるさい世界へと戻りアブラゼミのジージーとせわしない鳴き声が聞こえた。さっきの塩分タブレットをくれた子供を探したが二人はいつの間にかいなくなっておりどこかへ行ってしまったようだった。 体育館裏に到着した。封筒に入っていた紙によるとここがスタート地点らしい。おそらくこの手の謎は移動系ではないだろうか。Sはサウス、南を指し、Wはウエスト、西を指す。数字は移動する距離、だから南に十歩、西に十歩、南に五歩、西に十歩移動すればいい。俺はそう予想してスタートから出発した。 移動した俺は次の指示を確認した。『通ってきた道を線で結べ』。これは言葉通りだと思われる。俺の通ってきた道を線で結ぶと少し歪ではあるがアルファベットのWのような形になる。そして、いまここは生物部の部室がある建物の前だった。生物部はほかの部が使っている部室棟から少し離れた体育館近くの使わなくなったこの小屋を利用して植物を栽培している。小屋の中や周りには植木鉢や苗を育てるポット、コンテナがたくさん置いてあった。つまり『W』が示すものをここで探さなければならない…。そもそも『W』は何を示しているのだろうか…。今までは星座に関する謎だったからそのまま考えるとするならば、『W』といえばカシオペヤ座の形である。俺はサクと以前北極星の話をしたときにカシオペヤ座の話もしたことを思い出した。しかしカシオペヤ座と植物に何の関係があるのだろうか…。しばらく考えたが何も思いつかず、とりあえずそこにある植物をひとつひとつ眺めてみることにした。植木鉢にはそれぞれの植物の名前が書いてあるタグが挿してあった。今の季節は夏だ。ペチュニア、ニチニチソウ、ヒマワリなどの花、キュウリ、トマト、ナスなどの野菜があった。その中に花はもう枯れてしまったような葉と茎だけの植物『イカリソウ』があった。それを見て俺はこれだ、と確信を抱いた。なぜならカシオペヤ座は別名イカリ星とも呼ばれ、もしかしたらこの植物のことを指しているのではないかと俺は想像した。メモの指示には『その下を見よ』とあるので、イカリソウの植木鉢を少し上に持ち上げてみた。するとビニール袋に入った紙切れが見つかった。よし、正解だ。しかし喜びもつかの間、どうやらこの紙は破れているようで、下半分がちぎれているようである。俺はそれをズボンのポケットに一旦しまった。さて、謎の指示はまだ続いている。次の支持を確認すると、『線で結んだ形の中心から、空の中心に向かって真っすぐ進め』であった。さきほど『W』はカシオペヤ座ということが分かったので、想像するに空の中心とは北極星のことではないだろうか。だからWの中心地点へと戻り、北極星の方角、つまり南東の方角に建物にぶつかるまでまっすぐ歩け、ということだと思う。俺はその場から南東に向かってしばらくまっすぐに歩いてみた。すると裏庭にある教会にぶつかった。指示を確認すると『建物にぶつかったら中へ入り、入ってすぐ近くにある本を開け』とあったので俺は指示通り教会の中へと入った。実はこの教会は実際に使用されており日曜日にはミサがあるらしい。だからなのだろうか、教会の中は想像よりも意外ときれいに整えられ掃除が行き届いていた。ここに入ったのは初めてだ。さて、『入ってすぐ近くの本』を探そう…。入ってすぐ、入口近くには本棚がありそこには聖書や讃美歌の本が十冊ずつあった。だが俺は直感でこれではない気がしていた。俺はもう少しだけ中へ進み、広い空間には五人ぐらいの人が座れる長椅子が縦十列、横三列で合計三十脚並んでいた。その一番後ろの真ん中の長椅子の背中側に聖書が一冊、見やすいように立てかけてあった。教会の長椅子はミサのときに来た人が聖書を置けるように椅子の背中側がマガジンラックのようになっている。そこにわかりやすくメモが挟まれている聖書が立てかけてあった。これだ。俺はその聖書を手に取り、メモが挟まれているページを開いた。そこには『しんぶんやにいけ』と書かれたメモが挟まっていた。ふと開いたページを眺めてみた。聖書をちゃんと見たのは初めてだ。そのページには旧約聖書、創世記、ロト…と文字が並んでいたが、宗教の知識がない俺にとっては難しく、しかも初めて聞く言葉ばかりであまりよく理解できなかった。俺はメモを取り、聖書をぱたんと閉じた。そしてサクが働いている新聞販売店へと車で向かった。場所は大学の最寄り駅から一つ隣の駅である。 時刻は十五時五十五分。新聞販売店についた。以前サクから聞いた話だときちんと場所については聞いていないが、大学からバイト先は近いようだったので多分ここじゃないだろうかと思ったところに来た。近くの路地に車を止め俺は恐る恐る中へ入った。中では今もせわしなく何人かが働いているようだった。 「こんにちは」 「はーい」 返事をしたのは眼鏡をかけた四十歳くらいの女性で彼女は折込チラシの準備をしているようだった。 「なんでしょうか」 「あの…ここにサクノスケという人は働いておりますでしょうか」 「あぁ、サクちゃんね。いますよ。あなたはお友達?」 「はい。そうです」 彼女は納得、という顔で戸棚から茶封筒を取り出し、俺の前に差し出した。 「はい、これ。サクちゃんから。もしここにお友達が来たらこの封筒を渡すようにって頼まれたのよ」 やはり場所はここで正解だったようだ。俺は彼女から茶封筒を受け取った。 「直接渡せばいいのにね。なんでかしら」 「俺にもわかりません」 「あらそうなの。あ、サクちゃんはさっき夕刊の配達が終わったからもう帰ったわよ。あと少し早かったら会えたかもしれないわね」 「そうですか…」 「なんだか今日のサクちゃん、元気なかったわね~」 「そうなんですか」 「えぇ。まぁ、四月に大学生になってこの仕事を始めたのもその頃からだから、今は三ヶ月ぐらいになるけど、慣れてきたと同時に少し疲れも出てきたのかもしれないわね。私たちも彼らには元気に働いてほしいから、休みの日はサクちゃんといっしょにはっちゃけたりしてストレス発散して、遊んであげてね。彼、誰よりもまじめに頑張ってるから」 「…なんとなく想像できます」 「そうね。じゃ、私は仕事しなきゃだから。その封筒はあなたにきちんと渡したからね」 そういうと彼女は仕事に戻っていった。俺は封筒を手に新聞販売店を出た。 車へと戻り俺はコンビニに行った。カップのコーヒーを購入し、車内で飲みながら謎を考えることにした。生物部の小屋で手に入れたメモと新聞販売所でもらった封筒に入っていたメモを合わせてみると一枚のメモが完成した。 https://fujossy.jp/fanarts/8039

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