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第12話

七月十九日午後五時五十三分。あいつに呼び出された。俺は携帯電話のメールアドレスを小学生のころから変更しておらず、ずっと使用していなかったが、そのアドレスに見慣れないメールが入っていたので久しぶりに見てみた。そしたらメールはあいつからだった。あいつというのは父親のことである。内容は 「大事な話がある 会って話したい ○×駅前の喫茶店アクエリアスで八月二十五日十八時に待っている」 という内容だった。今更なんだというのか。俺と母親を捨てた人間め。しかしもし母が危険な目にあうのは困るので俺はしぶしぶ行くことにした。その日はたまたま大学も早く終わり予定もなく、○×駅も大学の最寄り駅だった。 集合の五分前に喫茶店に着いた。窓から中を覗き込んでみる。それらしい人物はいない。しかし俺が小学二年生の時に離婚したきり父には会っていないのであまり顔をはっきりと覚えているわけではなかった。とりあえず店の中に入ろうかと扉のドアノブに手をかけたときに後ろから声をかけられた。 「サクノスケ」 …聞き覚えのする、記憶にびちゃっとこびりつく声。 「……」 「来てくれたんだね。ありがとう。さぁ中に入ろう」 「……」 父はやけに機嫌がよかった。こんな人間じゃなかった。記憶にあるのは母親と口論をして、母親を殴っている父親の姿。自分が標的にされるときもありその時は本気で殺されるかと思った。二人で中に入り店員に席へと案内される。 「お冷とおしぼりです」 氷の入った冷たい水とあたたかい布のおしぼりが目の前に置かれる。 「ご注文は?」 「アイスコーヒーで。サクノスケは?」 そう聞かれると 「アイスコーヒー。砂糖とミルク付きで」 と答えた。 「かしこまりました」 店員は注文をメモすると足早に去っていった。 「サクノスケもコーヒーか。もうコーヒー飲めるんだな」 「…大人だし」 「十八だったか」 「そうだけど」 「まだまだ子供じゃないか」 「日本の成人年齢、十八歳になったの知らないの」 「そういうことじゃないよ。俺にとって十八はまだまだ子供ってこと」 「あっそ。んで、話って何」 「いいじゃないか。久々に会ったんだしもう少し話をしないか」 俺は今すぐにでも帰りたかった。正直俺はこいつが大嫌いだ。いい思い出なんか一つもない。俺と母を苦しめた存在でしかなかった。 「話すことなんてない」 口論になりかけたところでちょうど店員が飲み物を持ってきてテーブルに置いた。 「ごゆっくりどうぞ」 ゆっくりするつもりなんかない、と俺は思いながら砂糖とミルクをコーヒーに入れてマドラーでかき混ぜ、外が暑かったこともありグラスの中身を一気に飲み干した。 「最近どうだ。大学に行ってるみたいだな」 「何で知ってるの」 「たまたま大学の門の近くで見かけたんだ。ここの駅は最近関わっている取引先の会社がある場所でな」 「…そう」 もちろんそのことは知らなかったからとても驚き、何よりも自分の近くに父親がいたことに対してとても不快に感じた。 「大学は就職する前の一番遊べる時期だからな。大いに楽しめよ」 「そんなこと言われなくても」 「お?なんだ。言われなくても謳歌してるってか。女でもできたか?」 「そういうんじゃない。この話はやめて」 「わかったよ」 こいつも俺がオメガであることは知っている。過去に何度か母親に連絡を取ってきたからだ。そして学生時代俺がそのことで散々いじめられてきたこともこいつは知っている。その時こいつは俺を助けようとはしてくれなかった。俺はこいつを心底嫌っている。それこそ俺をいじめてきた奴等くらいに。 「…トイレ行ってくる」 「いってらっしゃい」 俺は精神的な吐き気を催しトイレに向かった。こいつは何をしたくて俺を呼び出したのかさっぱりわからなかった。数年ぶりに息子と話したかった、とか?今更?なぜ?トイレの座面と向き合っても何も吐き出せるものはなく、ただ唾液が少し出てきただけだった。俺は元の席へと戻った。 「おかえり」 「……」 「…つれない息子だなぁ」 「どの面が言ってんの」 俺は目の前の人物を睨んだ。俺はこいつの本性を知っている。 「…本題だけど、母さんとやり直したいんだ」 「……はぁ?」 俺はその言葉を聞いてすごい形相をしていたと思う。本当に、どの口が言ってるんだ?別れたのはそっちのくせに。 「何を言って、ッゲホゴホ」 「ああ。びっくりさせてしまったね。ごめん」 俺はむせてしまい、冷たい氷入りの水を飲んだ。水を飲んだら少しだけ落ち着いた。 「もちろん反対されるのは分かっている。だけど俺もたくさん反省してたくさん考えて出した答えなんだ。君たちともう一度一緒に暮らしたい」 「無理、無理、ぜーったいに無理!」 俺は断固拒否だった。今更こんなDV野郎に母さんを幸せにできるわけがないしそういう未来を一ミリも想像できなかった。アイスコーヒーの氷が溶けてカランと音を鳴らす。 「…そう言われると思った」 「だったら、なんで」 その時だった。目の前の視界がぐらりと揺れた。 「…え?」 俺は頭が重くなり目の前のテーブルに突っ伏す形で頭をテーブルへと預ける。 「……移動しようか」 そう聞こえたような気がした後、俺の意識は途絶えた。

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