10 / 40

キミなしでは、もう生きられない・第2話-1

 半藤のキスがぬくもりとして唇に残ったまま、蒼真は電車で自宅へ戻り、練習場へ向かう準備をした。  新宿御苑がすぐ近くの賃貸マンションに住む蒼真は趣味である車の運転が高じて、国産自動車メーカーの限定車を所有している。五台しか生産されていない貴重な車だ。その愛車に乗り込み、都内近郊の二軍施設へ向かった。  運転しながらふと気がついたのは次に半藤と会う手段がないということだ。  あの時間はほんとうにただの夢だったのはないかというくらい不思議な感覚だ。しかし彼とまた会ってしまったら、ふだんの生活を逸脱しそうな危うさもある。  会いたいような会うのが怖いような。  でも半藤が近くにいてくれたら、もう苦しい思いなんてしなくてもいいのではないか──。  そんな考えさえ過ぎってしまう。  蒼真のSub性が顕著に体に現われたのは亮之にDomのパートナーができたと報告を受けたときだ。 「蒼真さん、おれ、弥登(みと)さんとパートナーになることになりました」  ロッカールームが隣同士だった亮之にこっそりと耳打ちされた。 「えっ、弥登って、片山さんに紹介してもらったネイリストだよな?」 「はい。実はあの日からずっと通ってて……そのうちに付き合うようになったんです」  亮之に言われる前から薄々気づいていた。亮之の上半身に小さなアザが無数にあり、どうみてもそれはキスマークという名のマーキング行為で間違いなかったからだ。  他のチームメイトがそれを見て「エースとなると夜も忙しそうだな」とからかった。きっとそれは女遊びだと彼らは思っていたのかもしれないが、蒼真だけは弥登の仕業だと確信していた。  Domパートナーがいたことのない蒼真でも、こんなにもしつこく体に痕をつける相手をパートナーにして大丈夫なのか心配になっていた。  他人にからかわれようが亮之はその痕を恥ずかしがることなく、むしろ誇らしげな顔をしていた。  だから蒼真はあえて口には出さずに、ただモヤモヤとした気持ちを抑え込むことに注意を払った。  亮之とはプロになってから試合後に食事へしょっちゅう行っていたが、それ以外でも先輩チームメイトから誘われてコンパに顔を出すこともあった。そのときにノリで女を抱かなくてはならない状況にさせられる。抱くか抱かないかは個人の自由だが、なんとなく流れで一夜を共に過ごすことも少なくない。 「きのうはお疲れでした! 蒼真さんはあの後、泊まったんすか?」 「まぁな。亮之は?」 「おれは女の子に悪いんで帰ってもらいました。いま好きな人いて」  そんなふうに亮之はパートナーとしてだけではなく、弥登に恋をしていたのだ。  弥登に出会う前までは亮之に対して抱いている気持ちが特別な同じSub性の後輩、だと思っていたのに、弥登に惹かれてゆく亮之を知るたびに胸に渦巻く黒い感情が蓄積された。それがいまだに何かが分からない。もしかしたら蒼真自身が亮之に「恋」をしているのではないかと不安になるほどだった。  もし亮之に恋をしてしまったら──。  それは叶わない欲望、伝えられない想いとして消化不良の試合を延々とやり続けるようなものだ。  Sub同士で恋をしても成就できない。恋にはカラダもココロも伴うからだ。満たされないセックスとプレイはきっとお互い苦しむだけだろう。気持ちを伝えることなんて怖くてできない。だから蒼真は胸に抱いた想いの正体を突き止めずに、亮之の恋を応援することしかできなかった。  弥登のおかげでSubの欲求を満たされた亮之はチームを日本一に導き、今シーズンからメジャーで投げている。  赤ん坊のような柔らかい肌。屈託のない笑顔。誰からも愛されそうな見た目からは想像できない剛速球を繰り出すピッチング。出会ったときから気になる存在だった。亮之がいれば恋人なんて必要ないと思わせるくらいいつも近くにいたから、誰かに取られたという独占欲すら抱いてしまっていた。

ともだちにシェアしよう!