15 / 40
キミなしでは、もう生きられない・第2話-6
「ナイスです! 蒼真さん。今日のピッチング、今シーズン最高に良かったんじゃないですか?」
試合後、叶野にロッカールームで大げさな拍手をされながら褒められた。
「回またぎでの投球で、バッター三人ずつ、少ない球数で打ち取ったのは痺れました。片山さんから調子悪そうだって聞いてて、ついでにオレの心配までしてくれてたんですけど、まったく問題ないですね!」
小型犬のように高めのテンションで喋る叶野は今日の蒼真のマウンド姿をほんとうに喜んでいるようだ。
「潤のリードが良かったんだよ、きっと」
「またまたぁ! だって蒼真さん、抑制剤を飲まないと試合に出るのが辛いって少し前まで言ってたじゃないですか!」
「……潤は飲んでないのか?」
目を細めて、形の良い唇の端を上げながら笑顔を作った叶野は「飲んでないです。Subだって診断されてからまだ症状は出てないんですよ」と力こぶを作る。
「まぁ、俺もずっとそっち側だったんだけどな。とつぜんやってくるからさ、不調が。あーでも、潤が調子悪くなったら監督が嘆くだろうなぁ」
「きっとオレは大丈夫です! それにウチには片山さんもいるし」
叶野は入団時にチームメイト全員に自分がSubだと公表していた。Dom性の仲間も数名いるなかで、自分の性をさらけだすのは勇気のいることだ。しかも症状がないなら上層部に言うだけで問題なかっただろう。蒼真はいまだにチームメイト全員には告げていない。Domのメンバーには気づかれているかもしれないが──。
「あの……蒼真さん、もしかしてパートナーできました?」
「はっ? どうして?」
「だって前にボール、受けたときと球の伸びがぜんぜん違ったし。今日なんて肌の艶もいいじゃないですか。そういう姿を見ちゃうと、オレもパートナーがいればずっと一軍にいられるのかなって思っちゃったんです」
叶野にはパートナーがいないらしい。それがとつぜん明るみになり、なぜか蒼真は胸をなでおろした。パートナーがいないのは自分だけではないんだ、と。
「まだ、いないよ」
「えっ、まだってことは……! いい人がいるってことですよね!」
大きな声で話す叶野に蒼真は「ちょっと、声のボリューム落として! 俺、みんなに言ってないからSubだって」と唇に、しーっ、と指をあてがった。
「すいません……。そうだ、今度メシいきましょ! 蒼真さんのいい人の話聞きたいんで」
「わかった、わかったから、いい人、とか言うのやめて」
悪びれた様子のない笑顔のまま叶野は自分のロッカーへ戻ってからも蒼真のほうを見ながら嬉しそうに着替えていた。
「ったく、潤のヤツ……憎めないんだよな」
溜息をつきながらも蒼真の内側は温かい。亮之が退団してから定期的に食事へ行くチームメイトがいなかった。もちろん誘ってくれる先輩や同期はいるが亮之ほどの頻度ではない。だから亮之とは違うタイプの慕ってくれる後輩ができたことに気持ちが和らぐ。
「さて……明日からの連休、どうすっかな」
ふと頭に浮かんだのは半藤の顔だ。まてまて、と蒼真は頭を振る。
「こちらから連絡をすることはできないんだから、もう会うことはないよな」
そうは言ったものの、サウナに行けば会えるのではないかと心が疼く。今日は出勤だと言っていたから、まだ勤務中だろうか。このあと車を走らせればサウナ施設へ向かうことは簡単だ。ぐるぐると思考が止まらない。会いに行っていいのか決断のつかない脳と今日のピッチングを伝えて褒められたいSubの欲が戦ってしまう。
「……サウナでととのうだけ、いつもの休日と変わらないから」
自分への言い訳を繰り返して、後片付けと着替えを終えた蒼真は車でサウナ施設へ向かった。
ともだちにシェアしよう!

