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キミのすべてを、受け止めたい・第2話-2
足元がおぼつかない叶野を片山トレーナーと片腕ずつ担ぎ、施設の治療室へ運んだ。ふだんはマッサージなどを行うベッドへ叶野を寝かせて、吹き出してる汗を拭いた。
「す、すみません……片山さん」
「謝るな。蒼真のほうが心配だったけれど、まさか潤が影響を受けるとは思わなかったぞ」
ふと亮之のパートナーである古馬弥登と初めて会ったときのことを思い出した。あのときは強い支配欲を感じて嫌悪しかなかった。でも那須からはそれを感じない。むしろ好意的な印象すらあった。
「やっぱりパートナーがいるといないとじゃ、違うのか」
片山トレーナーが微笑むような顔で蒼真を見た。どうやらしっかりとバレているようだ。報告したわけではないのにパートナーができたことを察知していた。
「よく分かりましたね」
「そりゃ、蒼真の顔色を見てれば分かるさ。しっかり愛されて、ケアされてるんだろうなって。後半戦は期待してるぞ」
愛されているという言葉にぶわりと頬が赤くなる。ケアだけではなくて恋人になったことまで見抜かれていることに逃げ出したいくらい恥ずかしい。
「お、俺のことはいいから、はやく潤のことラクにさせてあげてくださいっ!」
両手で顔を覆って叫ぶと片山トレーナーは「はいはい、潤もあれくらい調子よくさせてあげたいなぁ」と叶野のぐっしょりと濡れた髪を撫でる。意識がもうろうとしているのか小さい口元で浅く息をしていた。
「あの……片山さん、います?」
治療室のドアを叩く音がした。片山トレーナーは驚いてその方向を見ると、そっとドアから入ってきたのは那須だった。
「お、那須か。どうかしたか? いまちょっと手が離せなくて」
ベッドで寝かされている叶野に気づき、那須は状況を察知したのか口を噤んだ。
「な、那須さ……ん?」と叶野はうっすらと目を開けて定まらない瞳のまま那須の名前を呼ぶ。
「も……し、き、今日、時間あったら、ブルペンで軽くでもいいんでオレに受けさせてもらっていい……ですか」
「おい、潤、そんな体で今日は練習できないだろ」
蒼真は那須のほうへ手を伸ばそうとしてる叶野を制止する。それ以上、言葉がでないのか苦しそうな息遣いに戻った。触れた手のひらはとても熱い。
「あの、片山さん、もしかして彼はSubですか?」と申し訳なさそうに小声で那須は尋ねる。
「あぁ。まだ那須には伝えてなかったけど、潤はチームメイト全員に公表しているSubだ」
「もしかして……おれのせいかな」
微かに那須の声が届いているのか、叶野は首を振って抵抗した。
「みんなの前で言わないっていう約束だったんじゃないのか?」
「でも明らかにおれが合流したせいだって感じたから──。隠してもバレる人にはバレますし」
那須は力なく腕を上げ続けている叶野の手のひらをそっと大きな両手で包み込む。
「強めの抑制剤を飲んできたんだけど、キミには通じなかったみたいだね。辛い思いさせちゃったかな」
手のひらを握られた叶野の頬には赤みが戻る。顔面蒼白だったのが嘘みたいに。
「片山さん、おれがケアしてもいいですか。彼の表情見ているとおれのこと求めているような気がして」
分かった、と片山トレーナーは頷くと「蒼真は練習戻れ」と目配せをする。
たしかにこのままコマンドを使われたら、自分まで那須の命令を受けてしまうかもしれない。
「じゃあグラウンド戻ります」と告げてドアの外に出た。それでも中の様子が気になって仕方ない蒼真はすこしだけドアを開けたまま覗いてしまう。
まだ初日だから全員の名前の把握していない那須は片山トレーナーに叶野の名前を聞いているようだった。
「叶野潤くんか。まだ三年目なんだね。これからおれとバッテリー組むこともあるから、ちゃんとケアしないとだな」
頭に手のひらを乗せて、いい子にするように優しく撫でる。それだけで叶野はふわっとした表情になった。まだ命令を出されていないというのにサブスペースに入ろうとしているのだろうか。それとも憧れからくる陶酔のようなものなのだろうか。
「なんだか、もう気持ちよさそうだけど……そんな顔されるとおれのほうが、もっと言うこと聞かせたくなっちゃうな」
亮之とあれだけ近くで過ごしていたが、Subの悦びを得ている表情を見たことはなかった。妄想するだけで、じっさいに他人の悦びを盗み見るのは緊張する。
まさに叶野の表情は悦を獲得した顔だった。自分も半藤に対して、こんなふうにとろりと蕩けそうな顔をしているのかと思うと見ていられないくらい照れてしまう。これ以上、叶野のプライベートに立ち入るのは良くないと蒼真はグラウンドへ向かった。ドアに背中を向けると中から「潤くん、Look!」とコマンドが耳に届いた。
耳を塞ぎながら、蒼真は半藤に会いたいと強く願う。この前は恋人として抱いてもらったから命令は受けていない。
わがままかもしれないけれど、つぎはたっぷりと半藤に支配されたくて仕方ない。支配されながら恋人として甘く抱いて欲しい。どんどんと欲が出てきてしまうのは、やはりSubだからなのか。
会いたいけれど、後半戦は東北へ遠征からだ。すこしのあいだ半藤と会えない。これが一軍に上がったら、もっと長いロードに出ることもあるだろう。
『ボクと会えなくてひとりでしたくなったときも、ちゃんと教えてくださいね?』
しょっちゅう会えるなら報告なんてすることはなかっただろう。半藤は蒼真が遠征に出ることも熟知した上で制限と報告という支配をする宣言をしたのだ。
「会いたい……、会えないって思うと……したくなる──」
今夜はもう遠征の準備をしなければならないから、半藤の部屋へ行くこともできない。
もしかしたら──また会いに来てくれないろうか。
蒼真はグラウンドの外野付近でストレッチを始めているピッチャー陣と合流した。ごろんと寝っ転がって片足を空へ向けて筋肉を伸ばすと脳内には那須にたっぷりとケアされて満たされた顔をした叶野が浮かんだ。
「よかったな潤。きっと好きすぎて影響受けたのかもな。それにしてもずるいなぁ。俺だって半藤に命令されたいっていうのに……でも次はいつ会えるんだろう。会いたいよ」
これがきっと練習場でなければさまざまの交わりを思い出しての自慰となっただろう。半藤に会えないだけでこんなにも彼を求めてしまう。
「恋って、結ばれてからも大変なんだな」
近くのメンバーに聞かれないように空に向かってため息交じりで呟いて苦悶の妄想をやり過ごした。
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