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キミのすべてを、受け止めたい・第2話-6
「阿方……ってSubだろ? きょうは試合前から匂いがきつくて、おれのほうが心配になったんだぞ。最初は潤がまた体調悪くなったのかと思ったけど、異常なまでに元気だったから、ほかに誰がいるんだって見渡したら阿方だって気づいたんだ」
「に、匂い?」
「あぁ、分かるんだよ。Domのことを求めるSubが発する匂いを。今日はいちだんと強いぞ。いきなりどうしたんだ? 薬を飲み忘れたのか?」
蒼真の頭ひとつぶん大きい那須に顔を覗き込まれて喋られると吐息が耳朶へかかって、「んっ」とか「あっ」とか、いちいち声が漏れてしまう。
「おい、なんていう声出してるんだよ。パートナー居るんだよな? おれに触られたくらいでこんなに蕩けそうになってたら、命令を待っているって勘違いしちまうだろ」
命令、という言葉を聞いただけで体の奥が、どくりと音を立てた。膝から崩れ落ちそうなくらい力が入らない。助けを求めるように那須を見つめてしまうと「だから、そんな目で見るなって」と両腕で抱き締められた。
「誘ってんのかよ。こんな姿で帰せないから、おれんち来いよ。ケアならしてやるから」
那須が蒼真の代わりに荷物をまとめ、決して軽くない体重だというのに背中におぶってくれた。那須の首元に鼻先が当たり、濃厚なDomらしい香りを嗅ぎ取るとはやく甘やかされたくて仕方なくなってしまった。
「お、俺……くるま、だから……で、でも運転でき……ない」
「あぁ。こんなにくったりしてたらハンドル握れないだろ? どうせおれはまだ車をこっちに持ってきてないから、タクシーで帰るつもりだったんだ。わるいけど阿方の車を借りて運転するぞ」
日本の西側から急遽東京へやってきたわけで、まだ完全に荷物をすべて持ってこれているわけではなさそうだ。
「えっと、車は……どれだ?」
おぶられたまま施設の駐車場へやってきた蒼真は自分の車のありかを震える指で指し示す。
「おぉ、あの車は阿方の乗ってるやつだったんだな。限定車に乗れるなんて、よっぽど車好きなんだな」と気持ちを和ませようとしているのか、那須はたわいのない話をしてくれた。しかし蒼真はうまく返事ができないまま、浅い呼吸を繰り返すことで精いっぱいだ。
「辛そうだな。もうちょっとで車に乗れるから」
おぶっているにも関わらず、那須は歩くスピードを上げる。
「よし、着いたぞ。鍵は……これだな」
蒼真のカバンから車のキーを取り出して、ドアを解錠するとおぶっていた蒼真を下ろした。それから助手席に座れと促される。
乗り込もうと足を上げた瞬間、ふらふらとシートへ倒れ込みそうになり、「危ない!」と那須に抱えられた。額に那須の前髪が触れるくらい顔が近づいた瞬間、蒼真を呼ぶ大きな声がした。
「ボクの阿方さんから、離れろ!」
駐車場と歩道を隔てる柵の向こう側にその声の主はいるようだ。定まらない目線で探すと、クールな目元を最大限に吊り上げて頬を紅潮させている半藤が那須を睨んでいる。強い威圧感が猛スピードで押し寄せ、まるで大波がとつぜん発生したようにオーラが蒼真を飲み込む。
「な、なかふじ……?」
その声の主は蒼真が会いたくて仕方なかった半藤だった。
「知り合い……なのかっ? ディフェンス状態じゃねぇか……。あ、頭が……割れそう」
蒼真は那須の両腕のなかで必死に胸元の指輪へ触れようと手を伸ばす。半藤がすぐそこにいる。そばに駆け寄りたいのに、体はすこしも言うことを聞かない。
半藤に命令を出してほしかった。「Come!」と言ってほしい──。
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