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キミのすべてを、受け止めたい・第3話-2
「阿方を初めて見たときから気になる存在だったんだ。Subだと公表してないようだけど、明らかにDomが勘付く振る舞いするから……。おれだったらそんなボロボロな姿にさせないくらいプレイで満たしてあげられるぞ?」
シートを倒され、那須は運転席から助手席へ移り、蒼真の上に覆いかぶさる。半藤と同じように那須もすっぽりと蒼真を包み込むくらい体が大きい。恋人との既視感が心を緩ませ、体の力がゆるりと抜ける──。
「どうされたい? どんなお願いだって叶えてあげるさ」
パートナーがいるのに違うDomの前で勃起している自分を罵って欲しかった。恋人のグレアを受けて、大人なのに外で失禁してしまったことを叱られたい。
しかしそれをして欲しい相手は、那須ではない。
十年ものあいだ待ち続けて、必死に蒼真を求めてくれた半藤にしかされたくなかった。
「俺のお願いは──那須さんに聞いてもらうわけには……いかないんだ」
それに叶野の笑った顔がずっと頭にちらついて離れない。きっと那須が蒼真にケアやプレイをしたら叶野のその笑顔を奪うことになるだろう。
「アイツじゃないと、ダメか? おれだったらすぐに阿方のことをラクにしてやれるのに。それでも辛いままでいるっていうのか?」
半藤の匂いとは違うDomの香りが強く鼻孔を刺激する。その匂いに惑わされながら、那須におしおきされたあと、たっぷり甘やかされたらどんなに心地よいだろうか。力が抜けて重くなった体だって、きっと軽くなるはずだ。
「お、俺にはパートナーがいるから……。裏切ることはできない」とすこしでも体が揺れたら唇が重なりそうな距離に、小刻みに震えながら、キスしたい欲望を堪える。
「それから……那須さんのこと必要としているSubが他にいるから。俺は潤のことは裏切れない。アイツから笑顔を奪いたくなくて──」
那須は感心したような溜息をつく。「阿方は自分の体より、後輩を優先するんだな」と呆れられた。
「おれがもしもいま、コマンドを使っても阿方には通じないかもしれない」
「使うのは……潤だけにしてあげて欲しいんです」
那須はふっと顔を逸らして、蒼真から離れる。
「けっきょくDomはSubに受け入れてもらえなければ、コマンドを使っても満たされない。阿方の意志はおれでは砕くことができなかったな」
車のキーを蒼真の胸の上に乗せて「マンションのエントランスまでいっしょに行こう」とシートを元に戻して、体を支えてくれながら蒼真の住むマンションの入口へ向かった。
「なぁ、ほんとうにケアも、拒否するんだな?」
エレベーターに乗り込む前に蒼真へ念押しのように尋ねる。階数ボタンと「閉」を押した蒼真は力なく「はい、申し訳ないです。ここまで送ってくれたことは感謝します」と頷き、エレベーターのドアが閉まると那須とのあいだに隔たりができた。
「……ただいま」
ふらつく足元でどうにか部屋へ戻って来られた蒼真はそのままベッドへ倒れ込む。
那須から受けていたDomのオーラが消えると体の中がえぐられたように虚しい。なにもする気が起きない。食欲だってない。経験したことなけれど、何度も自慰をして虚しくなった夜が永遠に続いているような感覚だ。
抑制剤を飲もうにもそれすら億劫でただひたすら眠ってしまいたかった。朝を失った世界がやってくればいい、そんな思考にしかならない状態とでも言おうか。
「なかふじぃ……会いたい」
ベッドに沈み込む蒼真の目尻には涙が浮かぶ。
セーフワードを使ってしまったことへの後悔がいまになって押し寄せてきた。
「いま、半藤はどうしてるのだろう。セーフワードを俺が言ったことで、傷ついてないといいけど……」
どんよりと頭痛が続き、まぶたを下ろすと真っ黒な汚泥の沼に落ちるような眠りがやってきた。このまま目が覚めなくてもいい世界になってたらいいのに、と絶望的に思うことがいまの蒼真には精一杯だった。
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