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キミのすべてを、受け止めたい・第3話-5
「えっ、いやっ、な、那須さ……ん? どうして……?」
「くそっ……意識が戻ったのか。あともうすこしだったのにな」
いっそう黒いオーラを纏う那須を受け入れられない蒼真は恐怖で体を小刻みに揺らす。
怖くて怖くて、唇では「なかふじ、助けて」と何度も唱えた。蒼真はいくら那須がDomのランクが高いとしても、半藤でないと心から安心できないことが痛いほど分かる。
「隣にいないパートナーの名前をなぜ呼ぶ。目の前にDomのおれがいるというのに!」
那須は片山トレーナーが手をだせないように激しいグレアを撒き散らした。もちろん蒼真の中にもその念は入り込む。半藤のときは体が勝手に恐怖の中にも快楽を得たい葛藤で乱れたが、いまは違う反応を示した。
「やめて……、な、那須さん……! 俺じゃないんです、那須さんを求めているのは……」
恐怖と悲しみが震えを強くさせ、涙が溢れて止まらない。脳裏には叶野が那須を慕うときの表情が浮かび苦しい。叶野の笑顔を奪うようなことは蒼真にはできない。
このまま体が回復せず、二度と半藤と会えなくなったとしても、叶野のために那須のコマンドを受けるわけにはいかないのだ。
「潤は那須さんのことをDomだから、という理由で好いているわけではないと思うんです。彼はあなたをもう一度、マウンドで輝かせるために、キャッチャーとしてできることを常に模索しているはずで……。だからそんな潤を俺も裏切ることはできない」
片山トレーナーが自身の性を切り替えながら、那須のグレアに耐えて彼の興奮を静めようと努める。
「蒼真に触るな……。那須もDomの力が強すぎてコントロールできない状態だというのはよーく分かったから。どうせ抑制剤をまともに飲んでないんだろ?」
「──すみません。どうしても阿方のことが気になってしまって……おれの手で回復させたかった」
ふわっと渦巻いていた黒いオーラが消滅した。どうやら片山トレーナーが那須を抱き締めて中和させたようだ。
「諦めろ。蒼真の意志は固い。パートナーがいる以上、ほかのDomが命令を出しても蒼真の体の状態は良くならないはずだ」
ランクの高いDomの自尊心が傷ついたのかギリっと唇を噛んだ那須は「羨ましいな、阿方のパートナーが。でもどうして、阿方がこんなになるまで放っておいたのかが分からない」と蒼真を見下ろす。
「とにかくパートナーに来てもらおう。サブドロップに入った蒼真を助けられるのはパートナーとのケアかプレイしかないんだ」
片山トレーナーは、パートナーと連絡取れるか、と蒼真に尋ねる。
「……俺のこと、嫌ってないか不安で……。連絡取ってないんです。俺、いちばん使ってはならないセーフワード叫んじゃったから」
「パートナーからも、あれから連絡ないのか?」
那須が鋭い口調で聞く。あれからというのは恐らく那須と対峙したときを言っているのだろう。
蒼真はスマホを確かめたが、やはりなにも半藤から連絡は来ていなかった。
「うーん、向こうもセーフワードを使われたことで傷ついて塞ぎ込んでいる可能性があるな」
きっかけがないと連絡など寄越せないだろう、と片山トレーナーは溜息をつく。
「俺がちゃんとすぐに謝ればよかったんですよね」
いいや、と片山トレーナーが頭を振った。
「そうやってSubは自分を責めるけど、そうじゃない。お互いに気持ちを伝え合ってないから、元々すれ違っていたんじゃないのか?」
どきり、と蒼真は胸を抑える。叶野とふたりで食事に行った日も半藤の様子はおかしかった。会えない日々が続いても、半藤を心配させないように言葉を掛けて尽くせばよかったのかもしれない。
「おれだったら、どうにかしてまいにち傍にいようとするけどな。だっておれみたいに横から奪っていくDomはたくさんいるから。それにSubは命令には背けない。うまいこと従わせてプレイに持ち込めばこちらへ堕ちるヤツたくさんいるしな」
「那須、怖がらせること言うなよ」と片山トレーナーは那須の止まらない言動を制止する。
「悪かった、阿方。でもな、Domだって不安なんだよ。いつSubが自分の元を去ってしまうか。おれたちに決定権はないから。Subに愛想つかされたら終わりだ。だからちゃんとパートナーには気持ちを伝えてあげないと、嫉妬に狂ってグレア撒き散らすようになってしまうんだよ」
嫉妬、か、と蒼真はすこしだけ体に熱が灯る。半藤がグレアを使ったのは那須に対して嫉妬してくれたというのだろうか。
「ほら、おれが電話かけてやるから。きっとすぐに駆け付けると思うぞ」
蒼真の手からスマホを奪い、表示されていた半藤の連絡先へ電話をかけた。
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