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キミのすべてを、受け止めたい・第5話-1
ドライヤーを終えた蒼真はリビングでぽつんとひとりで待ちわびていた。だいぶ時間が経過していたのでよけいな考えが過ぎり落ち着かない。
近くのパーキングに停められたのだろうか。それならもう戻ってきてもいいころだろう。
ベランダから外を確認しようと立ち上がった瞬間、オートロックの解除を求める呼び鈴が鳴った。
オートロックを解除しているあいだに、蒼真はこの部屋のスペアキーを作って半藤に渡そうか、と思いつく。互いの家もそれなりに距離があるし、予定が合わせにくいことも多いので、仕事終わりにどちらかの家に泊れば短い時間でも会えるかもしれない。
「阿方さん、お待たせしました!」
オートロックを解除してからほどなくして、半藤が玄関からぱたぱたと足音をさせてリビングへ戻ってきた。ソファーに腰かけていた蒼真の隣に座るとすぐに首元を指でなぞる。
「んっ……くすぐったい」
「ボクが付けた痕が赤くなってる、と思いまして……」
たしかにじんとした鈍痛が続いている。しかしそれは半藤が独り占めしたいという欲望の証だ。どちらかというと消えて欲しくない痛みだった。
「大丈夫だよ。この痕を眺めていると半藤に好かれてること思い出せるし」
「また、そういうこと言うんだから。ボクとしては自分の欲が抑えられなかった恥ずかしい証拠で目を背けたくなっちゃいます。だからというわけではないですが──」
手に持っていたショップ袋の中から半藤は包装された箱を取り出した。赤いリボンが十字に掛けられており、贈り物として買ってくれたことが一目瞭然だ。
「開けてみてください」
蒼真は手渡された箱を両手に乗せてしばし眺めた。
「これは……もしかして」
箱の表面に書かれたショップ名に見覚えがあった。半藤と初めてデートした臨海地区の商業施設に入っていた店舗だ。
「阿方さんが入りたいって言ったお店です。覚えてます?」
こくりと頷き、蒼真はリボンをするすると外した。包装紙を丁寧に剥がし、蓋を開けるとそこに入っていたのは待ち望んでいたカラーだった。
「試着したカラーだ。この革の感じはぜったいにそう」
「正解です。あの日、じつはこっそり買ってました。阿方さんにドリンクを車に取りに戻ってもらっているあいだに、指輪とカラーを両方とも買っていたんですよ」
二回に分けてサプライズをしてくれる半藤に蒼真はこの世でいちばん幸せ者では、と胸が震える。
「……半藤、お、俺、ずっと心のどこかで、カラーを付ける自分に憧れていたんだ。だから試着して鏡に映った自分を見たとき、鳥肌が立つくらい嬉しくて……。半藤からカラーをもらえる日をずっと待ってたんだ」
「そんなに欲しがっていたなんて──。もっと早くプレゼントすれば良かったですね。阿方さんって、サブスぺ状態だとしたいことを惜しげもなく言うのに、ふだんはちっとも自分ことを言わないから」
それは那須にも言われたことだ。気持ちを伝え合ってないということを指摘されて蒼真は図星で耳が痛かった。
自分のしたいことを言うなんて出来っこない。相手を自分の欲求に巻き込んでしまうことが申し訳なかった。それより相手のしたいことを叶えてあげたい気持ちが先に出てしまうのだ。
「俺のことなんて、いいんだよ。半藤のしたいことをふたりですることが好きなんだ」
「それも嬉しいですけど……阿方さんから信頼されていないんじゃないかって不安になるんです。ボクじゃ役不足で、阿方さんのすべてを受け止められないって思われているのかなって。もっとランクの高いDomには頼ったりしてるから、よけいに」
きっと那須のことを指しているのだろう。那須に助けられた場面を半藤が目撃したことがかなり堪えてしまっているのかもしれない。そのうえ蒼真が頼らないことも不安にさせている原因になっているようだ。
「そんなに半藤のことを不安にさせているなんて……ごめん。俺、半藤のコマンドしか効かないんだ。だから頼る人は半藤しかいない」
きっぱりと半藤へ告げると蒼真は腰を抱き寄せられた。
「ボクのほうこそ、不安がってごめんなさい。抑制剤飲んでも飲んでも、阿方さんを前にすると手に入れたい欲望が前面に出てしまうんです。いつかボクのとなりから居なくなってしまうんじゃないかって──」
半藤は蒼真の手のひらに乗っていた箱からカラーを取り出す。
「だからこのカラーは誓いなんです。ボクの阿方さんだということを世間に知らしめたい。ボクにだけ阿方さんは甘やかされることが許される証。他のDomが指一本でも触れようものなら、地獄の果てまで追いかけて懲らしめたい」
レザーのカラーが蒼真の首に付けられた。ちょうど鈍痛が残る痕が隠れるサイズだ。
「とっても似合いますね。試着の時も思いましたが、茶色の革がグローブみたいで阿方さんにぴったりです」
そう言いながら半藤はカラーにリードを取り付けた。くいっと喉元をリードで引っ張られると首がほんの少し締まり、自分の意思がひとつ奪われたような感覚に陥った。
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