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キミのすべてを、受け止めたい・第5話-4
「蒼真さぁん、ちょっと小耳にはさんだんですけどぉ」
ナイターゲームの練習が終わり、食堂で久しぶりに会った叶野に呼び止められた。
真夏の九連戦前、蒼真は一軍に呼ばれた。半藤との約束を遂行する一歩をようやく踏み出すことができた。
連戦前半はビジターゲームで西へ移動するため、その前日に一軍帯同を聞かされた。合鍵で蒼真のマンションに来ていた半藤にしばらく会えないことを伝えると、大慌てで遠征の準備していた蒼真のスーツケースにカラーを入れてくれた。
「蒼真さんが淋しがらないように、お守りです」
半藤と出会うまで自分が淋しがり屋なんて思ってもみなかった。そう言われてから意識すると、会えない夜に胸がざわざわとして誰かの温もりが欲しくなる自分が浮かび上がる。
「試合中に付けてとは言いませんが、移動中や街に出るときは付けて欲しい──」
ほんの少しだけ、半藤の頬が照れたように赤くなったのを蒼真は見落とさなかった。
ずっと一部のチームメイトを覗いて秘密にしていたSub性だが、カラーを受け取ったのだからパートナーができたことを公表したっていいだろう。男女の結婚で指輪をするのと同じようなものなのだから。
「 みんなにSubだって言うらしいじゃないですか」
「なぜそれを先に知ってるんだよ、潤は」
口角を片方上げて笑った叶野は「片山さんこっそり教えてくれたんです」と得意げだ。
「そういうことか。片山さんも今回の遠征に一緒に来てくれるっていうから、ちょうどいいタイミングかなって」
「本当なら、オレと同じタイミングで一軍に呼ばれていたのに、急遽オレだけになったから心配したんですよ! それに──」
叶野にじっとりとした目線を向けられて蒼真は背中がヒヤリとする。この目つきはSub特有の欲しがるときの合図だ。蒼真は何を言われるのか身構えた。
「あ、あの……その、蒼真さんの部屋まで……な、那須さんが車で送ったって……」
あぁ、と蒼真は嫉妬をされたのか、と気づいて叶野から目線を外す。きっとこれも片山トレーナーがうっかり口を滑らせたのかもしれない。
「送ってもらったけど、それだけだって」
まさか自分の失態を話すことなどできない。仲の良い後輩が出来たからといってパートナーを怒らせてグレアを浴びたら失禁したことなんて言えるわけなかった。
「ほんとですか……? 那須さん、誰にでもケアとかプレイとかするのかなって……き、気になっちゃって」
やはり叶野は那須を求めているのだろう。添い遂げて欲しいけれど、那須のDom欲はかなり強い。叶野がどこまで耐えられるか心配になってしまう。亮之のようにパートナー選びを間違えれば傷つくことを回避できないからだ。
「潤、今夜の試合に勝ったらメシ行こう。今度は俺に聞かせてくれよ、いい人の話」
「えっ! いい人って、そんな関係じゃないっすよ! 那須さんは尊敬する先輩っす! でも蒼真さんとメシは絶対行きたいので、今日、ぜったい勝ちましょ!」
潤にハイタッチを求められた蒼真は思いっきり手のひらで打ち返した。
試合開始前のミーティングが始まる時間まで、もう少し。東京から新幹線で四時間以上かけてやってきた土地でのマウンドはいつぶりだろうか。投げるかどうかはまだ分からない。いつ呼ばれてもいいように準備をするまでだ。
「すこし早いけど、ミーティング始めるぞー」
声が掛かり、ミーティングが滞りなく進むとさいごに蒼真は今日から一軍に呼ばれたため、みんなの前で挨拶をした。
「それから私事なんですが……ひとつみんなに伝えたいことがあります」
息を呑むと片山トレーナーと目が合った。口元で頑張れ、と言ってくれているように見えた蒼真は、実は、と切り出した。
「体調不良が続いていたので、お気づきの方もいるかもしれませんが、以前より第二性がSubと診断されていました。ずっと症状がなかったのでチームのみんなには言ってませんでしたが、このたびパートナーができたことをきっかけにお伝えすることにしました。しっかりと体調を整えて、戦力として頑張りますので今後ともよろしくお願いします」
秘密にしていたことを皆はどう感じているだろうか。嘘つきだ、と思われるだろうか。
もちろんDomのメンバーもいる。その人たちは見る目が変わってしまうのか不安だ。
蒼真は深々と頭を下げて、なかなか顔を上げることができなかった。
「大変だったな」
チームキャプテンが蒼真の肩を叩いて、これからも無理だけはするな、と言ってくれた。すると次々と拍手が起きて蒼真は驚きながらチームメイトの顔を見渡す。
「あ、ありがとうございます!」
半藤、言えたよ、と心のなかで語りかける。よくできました、と頭をなでてくれる柔らかい笑顔が脳裏に浮かぶ。
パートナーがいることをみんなに分かってもらうことができた。この拍手はまるで結婚式のライスシャワーを浴びているようだ。
ここに半藤がいてくれたら、この幸せを分けることができたのに、と蒼真は込み上げた涙をバレないようにそっと拭いた。
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