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キミのすべてを、受け止めたい・第6話-1

 勝利のハイタッチを終えて、ブルペンから荷物を引き上げてロッカーへ戻る蒼真は叶野の姿を探した。  先発ピッチャーが過酷な暑さのせいか足がつるアクシデントがあり、急遽、蒼真は1アウト一、二塁という場面から登板になった。中継ぎの辛い仕事はこういうときだ。元々、一軍に上がったばかりで順調に試合が運べば蒼真の登板はなかっただろう。ブルペンの内線電話が鳴り、ピッチングチーフコーチから告げれた名前は蒼真だった。  ひと通り準備はしてあったが、登板直前の肩を作るために慌ててキャッチボールを始める。もしここで救援失敗となれば、リードしていた点差は追いつかれるという状況だから荷は重たい。  ブルペンの仲間たちに送り出された蒼真はスタメンマスクを被った叶野が口を真一文字に引いて、マウンドへ向かう蒼真を見つめている。  監督はボールを蒼真に渡しながら「あまり力むな。取られても取り返してくれるから、バックを信じろ」と背中を押してくれた。 「蒼真さん、思いっきり投げてくださいね!」  久しぶりの一軍のマウンドはスタンドの声援がけた外れに大きい。しかしそれが自らの闘志にスイッチを押してくれる合図だ。  二塁ランナーを気にしつつ、叶野がスライダーを要求するサインに頷く。セットポジションで息を吐いて止めた。 「ううっ!」  力むなと言われてもそこそこ速い球を投げるには力が入ってしまい、ボールが手から離れた瞬間、声が漏れた。  ボールはしっかりと叶野のミットにピタリと収まり、バットは思いっきり空を切った。 「ストライクっ!」  小気味いい主審の声が球場内に響き渡る。  決まった。得意なスライダーがまだ一軍でも通用した。  その一球が蒼真にとって自信を回復させることになり、ランナーを進めることを許さず、その回を無得点に抑えた。 「ナイピっす!」  ベンチへ戻る際、叶野が蒼真へ駆け寄り満面の笑みを見せた。ベンチではコーチに「助かった」と言われ、監督から握手を求められた。これで蒼真の登板は終わりだ。  中継ぎに求められる仕事をこなせた蒼真は一気に汗が滴り落ちる。タオルでぬぐいながら小型冷蔵庫からドリンクを取り出した。  試合は継投に継投を重ね、追いつかれながらも終盤に叶野が勝ち越しのグランドスラムをスタンドへぶち込んだ。 「いた、いた! ヒーローはあれこれ忙しいか?」  ようやく各種取材を終えた叶野がロッカーに姿を見せた。 「いえ、もう終わりました!」 「ホテル戻ってから、メシでいいんだよな? 他の奴らと行くんだったら、俺はいつでもいいから」 「なに言ってんすか! 今夜は蒼真さんがいちばん最初にオレを誘ってくれたんだから、行くに決まってます」  亮之とは違った意味で可愛い後輩だ、と蒼真は笑みを浮かべる。近い将来、このチームを背負っていく主力になる、と蒼真は確信している。  打てるキャッチャーは貴重だ。二軍ではたびたび見かけた打順だが、一軍でも「四番・キャッチャー 叶野」というメンバー表が出されるのも時間の問題だろう。  ホテルまでのバスにチームメンバーが乗り込み、球場をあとにした。見送るファンのボードやユニフォーム、名前入りのタオルに目がいってしまう。 「あ、俺の……名前」  阿方蒼真、という名前入りタオルを掲げて、見送る姿に蒼真は頭を下げる。まさか地方の球場でも熱心に応援してくれるファンがいてくれるとは思わなかったからだ。しかも今日、一軍に上がったばかりだというのに。  まだまだ頑張れる。  こういう瞬間に出会えることで、辛い日々が救われる。蒼真は自分の体を大切にして、応援してくれる人たちへ恩返ししようと誓った。

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