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キミのすべてを、受け止めたい・第6話-3

 軽くコマンドを使われたせいか、蒼真はぶるりと肩を震わせる。まずい、ひとりでしないと言われたばかりなのに腰の奥深くが疼き始めている。  するとタイミング良く、ホテルのドアをノックする音が聞こえた。おそらく出かける準備を終えた叶野だろう。 『航希、じゃあ俺、そろそろメシ行くから。また電話する』 『ねぇ、ホテル戻ってきたら、連絡くださいね。心配だから』  蒼真はわかった、と言って電話を切った。それからチノパンと黒いTシャツに着替えて、ベッド脇に置いたカラーを首に付けた。キュッと喉元が閉まり、思わず「あぁっ」と変な声が出てしまった。  会いたい気持ちがカラーを付けたことで増すなんて、身も心もすっかり支配されているんだな、と蒼真は胸を撫で下ろす。  支配されているということがこんなにも自分自身を安定させるなんて信じられなかった。  でもそれがSubということなのだろう。 「お待たせ、潤」  ドアを開けると、スマホを片手に待っていた私服の潤が立っていた。白Tシャツに色落ちがヴィンテージ感を表しているジーンズ姿だ。 「あっ! 蒼真さん、それはカラーですか?」 「えっ、あ、そう……だよ。どうかな、やっぱおかしい?」  叶野はじっと蒼真の首元を見つめて、いいえ、とだけ言った。その表情はふだんの明るさがひとかけらも無く、蒼真のほうが戸惑ったが、もしかすると素直にカラーが羨ましいと言えないだけかもしれない。  ホテルの前に停まっているタクシーに乗り込み、遠征のときによく使う鉄板焼き屋に行くため、繁華街名を運転手に告げた。五分もかからずに店へ到着すると半個室のテーブルへ通された。鉄板で自分たちが焼くスタイルの店だ。 「潤、まずはビールか?」  はい、と返事をした叶野は店員を呼んで「ナマふたつ」と注文した。さっきからまったく元気のない今夜のヒーローは目の前で浮かない顔をしている。 「どうした? 調子悪いのか。疲れたのかな?」  すぐにお通しの菜っ葉の漬物と生ビールが運ばれる。ひとまずジョッキを片手に「お疲れ」と乾杯すると叶野は一口飲んでから溜息をついた。 「蒼真さん、そのカラー見てからおかしな気分です……」 「えっ? 俺のせいだった?」 「いえ、蒼真さんのせいではないと思うんです。さいきん、街でもカップルがカラーを付けてると胸がずんと重くなって、溜息が止まらなくなって」  その症状に蒼真は心当たりがあった。それは亮之が弥登とパートナーになると教えてくれたときだ。  失恋だとそのときは思っていたが、いま思えば、羨ましかっただけだった。支配されたい欲求を叶えてもらえる亮之に嫉妬したときの気持ちだ。 「なぁ、潤はいまでもパートナーがいらないって思ってるのか?」  一瞬、切れ長の瞳が揺れたのを蒼真は見逃さなかった。叶野は恐らく那須が近くに現われたことで、Subの症状が出始めているのだろう。 「……はい。適当なパートナーは欲しくないことは変わってないっす」 「じゃあパートナーになって欲しい相手がいるってことじゃないのか?」  きゅっと唇を結んだ叶野はジョッキを握る手のひらが震えている。別に責めるわけではないのだが、叶野には幸せになって欲しいし、野球選手としての道をしっかりと歩んで欲しいという蒼真の想いが前面に出てしまう。 「……すごく戸惑ってます。いままでこんな気持ちになったことがない、というか。女の子に対してだって感じたことない気持ちなんです」  蒼真は、なんでも聞くから、と叶野の震える手を重ねるように上から握る。 「オレ、那須さんがチームに合流してから、ずっと憧れていたピッチャーだったから球を受けたいっていう気持ちで接していたはずなんです。でも近くにいるだけで、体は熱くなるし、変な気持ちになるんですよ……。もしかしたら蒼真さんは理解してくれるかもしれないんですが──」  ごくりと叶野は喉仏を上下させて間を取る。言いにくそうな内容のようだ。なんとなく蒼真は察していたが、口を挟まずに黙って待った。 「このままの気持ちだと、バッテリー組めないかもしれないっす。だって那須さんから抱かせろって言ってもらいたいっておかしくないですか? こんな変な自分、気持ち悪いっす!」  うっすらと涙を浮かべて訴える叶野の気持ちが痛いほど伝わり、掛ける言葉を失ってしまった。とはいえ蒼真が抱いた妄想は亮之がDomに組み敷かれている姿だったが──。 「それに……蒼真さんが那須さんと車で帰ったって聞いたとき、すげぇ、ムカついたんですよ。パートナーがいる蒼真さんに手を出す那須さんもそうですが、蒼真さんも助けられるなんておかしいって。でもおかしな思考になってるのはオレなんです……」  あぁ……と蒼真は目を細めて悔やむ。あの失敗はみんなに迷惑をかけてしまっていたんだと胸がちくちく痛んだ。半藤はもちろんのこと、叶野にまで嫌な思いをさせてしまったなんて、どう詫びていいか分からない。 「どうして那須さんは、あのときオレのことケアしたんすか。その役目は片山さんじゃないですか!」  おそらく那須はSubを見かけると支配したくなるかなり強力なDomだ。蒼真に対しても口説き文句を並べたことは記憶に新しい。 「潤が那須さんのことを求めている顔だって言ってた……。潤はどうなんだ? 那須さんにケアされて嫌な気持ちにならなかったんだろ? まぁ、答えは出てると俺は感じてるけど」  はい、と叶野は顔を赤らめて下を俯いた。こんな可愛らしい姿を見せる叶野を羨ましく思ってしまう。どんなDomだって自分のモノにして縛り付けたいと必死になるはずだ。 「むしろ那須さん以外、考えられないっす。それくらい彼がいいって思ってます──」  上目遣いで蒼真を見つめる瞳を誰にも見られていないか心配になった。もし近くにDomがいたら一発で叶野はさらわれてしまうかもしれない。それくらいSubとして魅力的な表情をしているような気がした。 「どうやったらパートナーになれるんすか? それを今夜は蒼真さんに聞きたいっす!」 「えぇっ? そんなの俺は分からないよ。だって俺の場合は勝手にホテルに連れて行かれたし!」 「なんすか、それ! めっちゃ聞きたいんですけど!」  若者の興味はとことん尽きないな、と蒼真は苦笑いした。叶野が那須とパートナーになるためにできることはしてあげたい。そうだ、東京に帰ったら半藤にも相談してみようか、と蒼真は運ばれてきた瀬戸内海のみずみずしい海鮮を鉄板に並べながら、叶野の直球すぎる質問を受け止め続けた。

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