136 / 152

第136話 寂しい女

 暗い目をした女だった。誰からも声をかけられない。祖国ではみんな冷たい。弱っているものを一々気にしない。  祖国のシステムに組み込まれて、個人の感情などは踏み躙るのが当たり前。  欲しい物は奪い合う。邪魔な人間は押しのける。それで秩序が壊れても自分さえ良ければいい。決して謝ってはいけない。足元をすくわれる。  片付けない、掃除をしない、不潔なのは平気。 そして政府の考えに従う。何か有ればすぐに動員される。断る事は出来ない。  がんじがらめに縛られた国に育った。 神はいない。宗教は麻薬だ、と弾圧された。  全く救いのない国で生きて来た。親も、先祖もわからない。 「あんたの通名は花田美鈴だよ。 政府機関から与えられたこの名を名乗りなささい。」  記憶が置き換えられている。12才まで育った日本の記憶。  最低限の義務教育のようなものを終えて、美鈴はC国に来た。かの国は昔は識字率が20から30%だった。読み書きが出来るだけ、恵まれていた。今はだいぶ多くなったようだが。  C国での名はチン・スーリン。もう二度とこの名を使う事はない。日本から拉致された事は記憶から消されている。  作られた過去。漁船でC国に来たのは12才の頃だった。この国には同胞がたくさんいて、すぐに市民権を得て溶け込んだ。二十歳の頃一度日本に帰った。子を産むためだった。なぜか日本で子供を生め、と言われた。子供の父親はわからない。人工授精だった。臨月に近づいて日本に戻された。  子供を産み捨てるようにしてまた、C国に戻される。壮大な人体実験。同じように日本から拉致された娘が多く存在したようだ。一切の交流はなかった。 「おまえはしっかり教育を受けた工作員だから。」  全く別の出自を植え込まれている。  しかし決して、心を開く事はなかった。組織による洗脳教育で、偏った思想を植え付けられている。 「私は人間が嫌いだ。生き物が嫌いだ。 動物をいたぶることに何の後ろめたさもない。」  そして祖国からの指示通りに事業を展開する。 バックアップもあり、潤沢な資金もあり、起業は成功している。  主に夜職。水商売が多かった。組織のブレーンがついて上手くいっている。  整形技術の進んだ祖国の同胞が、美しく、この国の人々に好かれるように改造してくれた。  祖国の同胞たちが国の中枢部に驚くほどたくさん入り込んでいる。何をやるにも不自由はない。  近頃の仕事は人間の解体。一人でも多くのこの国の人間を、切り刻み不幸にすること、だった。  フリークスショーに群がる顧客たち。この国は壊れ始めている。それがこの女の目的でもある。  知らないうちに大勢の同胞が入り込んでいた。

ともだちにシェアしよう!