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第136話 寂しい女
暗い目をした女だった。誰からも声をかけられない。祖国ではみんな冷たい。弱っているものを一々気にしない。
祖国のシステムに組み込まれて、個人の感情などは踏み躙るのが当たり前。
欲しい物は奪い合う。邪魔な人間は押しのける。それで秩序が壊れても自分さえ良ければいい。決して謝ってはいけない。足元をすくわれる。
片付けない、掃除をしない、不潔なのは平気。
そして政府の考えに従う。何か有ればすぐに動員される。断る事は出来ない。
がんじがらめに縛られた国に育った。
神はいない。宗教は麻薬だ、と弾圧された。
全く救いのない国で生きて来た。親も、先祖もわからない。
「あんたの通名は花田美鈴だよ。
政府機関から与えられたこの名を名乗りなささい。」
記憶が置き換えられている。12才まで育った日本の記憶。
最低限の義務教育のようなものを終えて、美鈴はC国に来た。かの国は昔は識字率が20から30%だった。読み書きが出来るだけ、恵まれていた。今はだいぶ多くなったようだが。
C国での名はチン・スーリン。もう二度とこの名を使う事はない。日本から拉致された事は記憶から消されている。
作られた過去。漁船でC国に来たのは12才の頃だった。この国には同胞がたくさんいて、すぐに市民権を得て溶け込んだ。二十歳の頃一度日本に帰った。子を産むためだった。なぜか日本で子供を生め、と言われた。子供の父親はわからない。人工授精だった。臨月に近づいて日本に戻された。
子供を産み捨てるようにしてまた、C国に戻される。壮大な人体実験。同じように日本から拉致された娘が多く存在したようだ。一切の交流はなかった。
「おまえはしっかり教育を受けた工作員だから。」
全く別の出自を植え込まれている。
しかし決して、心を開く事はなかった。組織による洗脳教育で、偏った思想を植え付けられている。
「私は人間が嫌いだ。生き物が嫌いだ。
動物をいたぶることに何の後ろめたさもない。」
そして祖国からの指示通りに事業を展開する。
バックアップもあり、潤沢な資金もあり、起業は成功している。
主に夜職。水商売が多かった。組織のブレーンがついて上手くいっている。
整形技術の進んだ祖国の同胞が、美しく、この国の人々に好かれるように改造してくれた。
祖国の同胞たちが国の中枢部に驚くほどたくさん入り込んでいる。何をやるにも不自由はない。
近頃の仕事は人間の解体。一人でも多くのこの国の人間を、切り刻み不幸にすること、だった。
フリークスショーに群がる顧客たち。この国は壊れ始めている。それがこの女の目的でもある。
知らないうちに大勢の同胞が入り込んでいた。
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