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第5話 由緒と春③
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ベッドの組み立てが終わり、由緒からの言葉でそうしたあの日とそれまでのことを思い返して春が黙り込んでいると、由緒は言った。
「別に話せっていうてるわけじゃないからな」
そう言った由緒に春は小さく頷き、そして少しだけ迷った後、言った。
「…その人と…好きだった人と…誰にも言わないって約束したから」
春がそういうと、由緒はふっと笑って言った。
「なんかそういうの律儀に守りそうやもんな、あんた」
そうして春のダウンを拾い上げ、ほい、と春に投げて言った。
「お礼にアイス買いに行こ、奢るわ」
春はそれに小さく笑い、言った。
「…冬なのにアイス?」
「冬にアイス食べんのがいっちゃん美味しいから!」
わかってへんなぁ〜と軽口を叩く由緒の後に続き、部屋の外へ出て、2人は付かず離れずの距離でコンビニに向かって歩き出した。
そうしてコンビニにつき、好きなの買ったる、という自慢げな由緒に、春は素直に自分が好きなアイスを選んだ。
それは少し値の張るアイスで、由緒はそれに眉を顰めた。
春はその反応に笑ってしまうが、しかし由緒はそれを若干不服そうな顔をしながらも受け取った。
外で待っといて、と言う由緒に従い、春は先にコンビニから出る。
そうしてコンビニ前のベンチのそばに立っていると、あれぇ?春くん?と自分を呼ぶ声が聞こえ、春はふと振り返った。
そうして、その声の主の正体がわかり、春は目を見開いた。
「久しぶりやん、覚えてる〜?」
そう言って近づいてきたのは、他でもない、恭二であった。
最後に会った日から一年ほどか。
途端にあの日のことがフラッシュバックして、早まる鼓動のせいか、春は息が浅くなった。
恭二の見た目はあの時とさほど変わらず、しかし春の知るいつもの様子とは違った。
恭二は手に缶チューハイを持ち、酒に酔っているのだと春は理解した。
缶チューハイを持つ手とは逆の手に添えていたタバコを深く吸って煙を吐き出した後、恭二は春の肩に腕を回して顔を寄せ、言った。
「なんや、でかなったなぁ〜」
春はただ早く瞬きを繰り返すばかりで、何も言えずに立ちすくんだ。
恭二の目を見ることもできず、ただ前を見据えた。
恭二は肩を組んだまま、言った。
「…なあ、まだ俺のこと好きぃ?」
春の鼓動はさらに早まった。
いまだに思い出すたびに胸が痛くなることは事実で、しかし、好きかと言われると、正直わからなかった。
けれど決して、嫌いだとは思えていないのは、自分でもわかっていた。
思い出すたびに、恭二は今笑えているのだろうか、と、ふとそう思うことすらあった。
春は何も言わず、ただじっと目を伏せた。
視線を落とした先の視界に、歩いてきた人の足先が入ってきた。
その見慣れたスニーカーで由緒だというのが分かったが、春は視線を上げることが出来ず、ただじっと固まった。
すると恭二の背後から恭二と同じような年代の男ら2人がわらわらと寄ってくるのがわかった。
その男性の1人が、恭二に声をかけた。
「何ぃ?知り合い?」
すると恭二は可笑しそうに笑って、言った。
「せやでぇ、ほら、前に話したことあるやろ
俺のこと好きやった子ぉ」
するとその男性はまじまじと春を見つめ、言った。
「ええ?この子が?え、めっちゃ綺麗な顔してへん?や、これやったらイケるやろ」
連れのもう1人の男性も声を上げる。
「俺もイケるわこの子やったら、なんや、抱いたったら良かったのにぃ〜」
恭二はその言葉に大きな笑い声をあげ、そうして言った。
「いやいや無理やろ!
やって男やで?ちんこついてんやで?
無理やろぉ〜キモいって」
連れの2人は下品な笑い声をあげながらも、可哀想やって〜、と口々に言った。
するとただ立ち止まっていたのだろう由緒がこちらに歩み寄るのが視界に写り、そうして視線を落とした春の顔を覗き込んだ。
そうして目を合わせた由緒は、春が見たことのない表情をしていた。
目の奥は黒く、鋭い目つきで、それは怒っている、というふうに見えた。
由緒は春に言った。
「帰るで」
そう言って春の腕を強く掴んで恭二から引き離すようにして引いた。
恭二はその拍子に若干ふらつき、しかし笑って、今度は由緒に声をかけた。
「何や姉ちゃん、春くんのお友達ぃ?」
その言葉を無視して春の手を引いて足早に歩いていく由緒の背後から、恭二は大きな声で言った。
「な〜!病気うつるから一緒におらんほうがええでぇ〜!」
その言葉に、由緒はぴたりと足を止めた。
そうして強く掴んでいた春の腕を離し、突然振り返り足早に恭二の元へ詰め寄って、低く鋭い声で言った。
「…病気って何?」
恭二は可笑しそうにニヤリと笑って由緒を見下げ、言った。
「オカマやねんで、春くん
キモいやろぉ?
一緒にいたらキモいの移ってまうで」
そう言って笑った恭二に、由緒は持っていたアイスの入った袋を力一杯、恭二の頭目掛けて振りかぶるようにして殴りつけた。
そうして何度も何度も、それを繰り返した。
最初呆気に取られてそれを見ているだけだった恭二の連れの2人は、繰り返されるそれを止めようとしたのか、咄嗟に由緒の肩に触れた。
が、由緒はそれを振り解き、同じように連れ2人にもアイスの袋を振りまわした。
そうして振り返って見えた由緒は顔を歪め、涙をボロボロとこぼしていた。
それに春は驚いて呆気に取られた。
そうしてそれを繰り返し、その騒ぎに気付いたコンビニ店員らが店から顔を覗かせたころ、春はやっとハッとして、由緒らに足早に歩み寄り、由緒の振り上げた腕を掴んで、震える声で言った。
「…ごめん、帰ろう」
そうして2人は駆け出すようにしてその輪から抜け出し、背後からは恭二らの怒号のようなものが聞こえてきたが、しかし走り出してその声はすぐに止んだ。
走ったまま由緒のアパートに辿り着いてやっと、2人は立ち止まった。
由緒は息を切らしながらその場に座り込み、そうして啜り泣く声が春にも届いた。
春は由緒のそばに座り込み、そっと由緒の背中に手を触れて言った。
「…ごめんね」
しかし由緒はそれには反応せず、ただ泣きじゃくるばかりだ。
そうして春が由緒に「中入ろう」と声をかけると、やっと由緒は重く立ち上がり、手を引く春に連れられ、部屋に入った。
春はテーブルに置かれたティッシュを数枚手に取り、いまだ涙をこぼしている由緒に黙って手渡した。
由緒もそれを黙って受け取ったが、しかしそれで涙を拭こうとはせず、絞り出すように言った。
「…言ってたよなあ、似てるって」
「…え?」
「前…好きやった人どんな人なん?って聞いた時、うちと似てるって」
「………うん」
「…最悪…
…うち、あんたから見たらあんなんなん?」
「……」
春が言葉を失っていると、由緒は言った。
「訂正して
うちは言わへん…あんなこと言わへん…思いもせえへん」
春はその言葉に重く頷き、そして言った。
「…そうだね
……ごめんね」
そのやり取りの後、2人は地べたに隣り合わせになって座った。
しばらくしてやっと由緒が泣き止んで、由緒は黙ったまま、手に握っていた袋からアイスを取り出して、春の目の前に置いた。
そして自分の分のアイスの蓋を開け、変わらず黙って食べ出した。
春も同じようにアイスに手をつける。
由緒は言った。
「…寒いから溶けてないわ」
「…うん」
「…ちょっとちょーだい、それ高いねんから」
「…うん」
そうして春のアイスに手をつけた由緒は、うん、とぶっきらぼうに頷き、言った。
「…高いから美味しいわ」
そう言って、由緒は由緒の分のアイスを春に手渡した。
春は黙ってひとすくいして、口に入れる。
そうして少しだけ微笑みを作って、言った。
「…これも美味しい」
由緒はそんな春をじっと見つめ、そうして言った。
「…何で笑うん?」
その言葉に、春は初めて話した時の由緒を思い出した。
それは、恭二の家から飛び出して涙を流していた自分が由緒に向かって微笑んだ時、由緒が尋ねた言葉と全く同じ言葉だった。
途端に、これまでの出来事が再びフラッシュバックした。
恭二との出来事、由緒との出来事、さっきのこと、その時の感情。
思わず息が浅くなり、その胸の痛みに堪えきれず、目に涙が浮かんでくるのが分かった。
しかし咄嗟に、春は誤魔化すように何度も瞬きを繰り返した。
すると由緒はそっと、春を引き寄せて抱きしめた。
途端に堪えていたものが全て弾けて、春は息を震わせた。
勝手に涙が溢れてくる。
それは誤魔化しようのないものだった。
由緒は春を抱きしめたまま、言った。
「…あんた、あったかいなぁ」
そして春はただ由緒の腕の中で小さく震えながら涙を流し続け、由緒はただ優しく春を抱きしめ続けた。
そうしてしばらくして、息を潜めるようにしてじっとクッションに丸まっていたコタロウがくうん、と小さく鳴き声をあげ、2人のそばに寄ってきたのが分かった。
由緒は腕を緩め、2人はそっと離れた。
春はそっと手を伸ばし、コタロウの顎の下を優しく撫でた。
コタロウはそれに嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振ったが、しかしまたくうん、と小さく泣いた。
すると由緒は笑って言った。
「今日散歩行ってへんねんな、文句言ってるんやで」
春は濡れた頬を拭い、由緒と同じように笑って言った。
「今から行く?」
「ええ〜…寒いしなぁ……明日でもいい?」
そう言って由緒はそっとコタロウの身体を撫でた。
コタロウは分かったのかいないのか、そうしてすぐにトタタ…といつもの定位置、クッションの上に戻って再び丸まった。
そうして由緒は春に目線を向け、優しい目で、しかし真剣な表情で言った。
「ちゃんと好きになる人選ばなあかんで」
春はそれに、静かに目を伏せた。
そうして小さな声で言った。
「……もう誰も好きにならないって決めたから」
すると由緒は小さく息を吐き、そうして春の顔を覗き込み、言った。
「…たった一回変なのに当たったくらいで何言うてんねん、ヘタレ」
そうして由緒は続けて言った。
「いるで、絶対
あんたが好きやと思って、それと同じくらい…いや、もっとな、あんたを好きやって思ってくれる人が、絶対いるで」
「…そんな人いるかな」
「いるわ いるに決まってる います 絶対いる 保証するわ」
そう語尾を強めて言った由緒に、春は小さく笑った。
由緒はすぐに冗談めかしたような顔をして、言った。
「危なかったやろ、うちが男やったら好きなってたやろ?」
春はふふっと息を漏らして笑い、しかしじっと由緒を見つめて、言った。
「…なってたと思うよ」
春がそう言うと、由緒は満足気に微笑んで、そうしてまた真剣な顔をして言った。
「うちみたいな人、多分いっぱいおるで」
「あはは…いるかな」
由緒は真剣な顔をしたまま、言った。
「さっきの…訂正してって言うたけど……好きになった時は違うかったんやろ?ああ言うこと言うような人やなかったんやろ」
「……うん」
「ちゃんとあんたを見てくれるような人やと思ったんやろ」
「…………うん」
「…まあなかなかおらんやろうけどな、そんな面してたらみんな色眼鏡で見てくるやろうし
それでもな、いるで
ちゃんとあんたのこと見て、中身知って……
ヘタレでも臆病でも好きになってくれる人は、いるで」
「…いるかなあ」
春が小さく笑ってそう言うと、由緒は"何やなぐだぐだ言うてもう…"とぼやいた後、ハッと思いついたように言った。
「リハビリしたろか?」
「…リハビリ?」
「そう、リハビリ」
由緒は嬉しそうに笑って続けて言った。
「あんた今、めーっちゃ傷ついてもう恋とかしませんモードやろ?自分を本当に好きになってくれる人なんかいませんから…とか卑屈なってるやろ?」
「……言い方あれだけど…まあ……」
「うちが愛注いだろうかって」
「…どういうこと?」
「やからぁ、うちが愛してあげますよ、って言うてるねん」
「………えっと…」
春が由緒の突然の言葉等に戸惑っていると、由緒は言った。
「付き合おうや、うちら」
「……えっ?」
そう言って由緒はパッと立ち上がり、ちょろちょろと歩き回りながら、ええやんええやん、と独り言のように嬉しそうに言って、そうしてまた春に向き直り、言った。
「あ〜人を好きになるって、恋愛っていいもんやなって思わせたげるわ!
うちは男ちゃうけどなぁ、それを超えてまで魅力のある人間やで、せやろ?」
「……えっと…」
「何?反論がある?うちはそんな人間では無いと?」
「ああ…いや……そうじゃないけど…」
由緒は春の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「あんた、うちのこと結構好きやろ?」
「…まあ…好き…だけど…」
「だけど恋愛的には違うって言いたいんやろ?」
「……うん」
「やから言うてるやん、うちはそれを超えるほどの魅力ある人間やってば!」
春は戸惑っていたのだが、そう嬉々として話す由緒に、次第に気持ちが緩んでいくのが分かった。
春は何度かぱちぱちと瞬きをして、そうして由緒の目を見つめ、尋ねた。
「…本気で…言ってる?」
すると由緒は眉を顰めて言った。
「何?自分のこと魅力ある人間やって豪語してることに対して?」
「違うよ、…付き合うって」
「え、本気も本気やけど」
春は思った。
もしかしたら由緒が言うとおり、
由緒だったら、好きになれるかもしれない、と。
春は一度目を伏せ、そうしてまた由緒の目を見つめ、尋ねた。
「…いいの?」
由緒はその言葉にニヤリと笑い、言った。
「ええよ、付き合ったげる」
由緒は春の目の前にしゃがみ込み、じっと春を見つめて、言った。
「中学卒業までな」
その言葉に春が不思議そうな顔をすると、由緒は優しく笑って言った。
「ただのリハビリやからな
恋愛ってええなあ、ってあんたが思えることが目的やから」
由緒は続けて言った。
「やからあれやで、変に焦ったり、それで自分のこと責めたりしたら罰金な
もしうちのこと、そういうふうに好きになれへんくてもな、でも多分、今よりもっとうちのこと、好きになってると思うで」
春はその言葉に、由緒をじっと見つめ、そうして小さく微笑んで、言った。
「…ありがとう」
すると由緒はにこぉ、と笑って、ええで、と軽く言った。
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そうして由緒に誘われ、春はそのまま由緒の家に泊まることになった。
誘いに戸惑う様子を見せた春に、由緒は"付き合ってるなら当たり前やで"と、割と強引に引き留め、そして返事もしないうちに由緒はさっさとシャワーを浴びると風呂場に入ってしまった。
由緒の住む狭いアパートには風呂場を出るとすぐに部屋で、春は風呂場に背を向け、シャワーの音を聞きながら、ただじっと丸まって眠るコタロウを眺めていた。
そうしてガチャンとドアが開く音がして、ふわりとシャンプーなのかボディソープなのか、いい香りが部屋に漂った。
すると背後から、由緒がくすりと笑う声が聞こえた。由緒が話しかけてくる。
「何、背ぇ向けて」
春が背を向けたまま、何も言わずにいると、トタトタと小さな足音が近づいてくるのが分かった。
そうしてすぐ後ろで由緒が声を上げた。
「そっちに着替えあるねんけど」
「…あ…うん」
春はそう言って、俯いたまま、壁際の方に身体を向けた。
するとまた背後からトタトタと足音が響き、押し入れの扉を開ける音がした。
春が黙って壁を眺めていると、由緒が言った。
「あんたって付き合ったことあるん?」
「…ないよ」
「そうなん?じゃあ、童貞?」
「……え」
「童貞?って」
「…え………いや…」
「違うん?」
「…」
「童貞なんや」
「…何も…言ってない」
「その反応はそうなんやろ?」
そう言ってから由緒はトタトタと春に近づき、もうええよ、と声をかけた。
春はそのままゆっくりと振り返り、ちらりと盗み見るように由緒に視線を合わせた。
すると由緒はにやりとした笑みを浮かべ、言った。
「…ほな、うちあんたの初めて貰えるんやぁ」
その言葉に、春はえ、と声を上げた。
そうして恐る恐ると言った様子で、春は尋ねた。
「え…するの?」
「するやろ 付き合ってんねんやで」
「………でも…」
「でも?」
春は途端に不安になった。
恭二を好きだと自覚してから、自分の性的対象も理解し、それを静かに受け止めていた。
誰にも告げることはなかったが、それなりに葛藤はあり、1人試したこともあった。
しかし、それはいつもうまくいかなかった。
由緒の"付き合う"という提案に、そこまで含まれているとは、春は正直想像できていなかった。
由緒なら好きになれるかもしれない、そう思って提案を受けた春だったが、その"好き"では、由緒との性的な触れ合いを求めるような気持ちが芽生えることはないのではないか、と春はそのとき思ってしまった。
端的に言えば、勃たないのではないか、と。
そうして春が口をつぐんでいると、由緒はそれを見透かすように、笑って言った。
「出来へんかったらめっちゃ笑ってあげるって」
春が不安気に黙って由緒を見つめると、由緒は続けて言った。
「でも、もし出来たらさ、どう?」
「…どうって…?」
「この先あんたが男が好きとかで…例えば人に色々言われてたりバカにされたり…それで傷ついて悩んだりしてもさ、でもさ、うちと付き合ってさ、女と付き合って、それでそういうことも出来たっていう…経験が生まれるわけやん」
由緒は続けて言った。
「ほしたらさ…何言われてもさ、あんたはただ、選んでその人を好きやって、そう思えるんちゃうんかなって
男しか選ばれへんわけじゃなくて、男も女もみんな含めた上で、ただその人を選んで好きなんや、って
そういう…自信っていうか…"安心"にならへん?」
確かに、春にとって、"人から求められている自分でいる"という観点とは別に、男の人が好きである、ということは、どこか引け目に感じていることであった。
同性の同級生と話している時にも、決してその相手のことをなんとも思っていなかったとしても、自然と距離をとってしまった。
もし自分が男が好きだと知れたら、ふとしたことが相手にとっては嫌だと思ったりすることかも知れない、と。
"人から求められている自分でいる"ということと"男の人が好きであることは変なことだ"という二重の壁が、常に人との間にはあった。
"もし普通に女の子を好きになれる自分だったら"と、そう思うことも少なくなかった。
それならもっと、もう少しは、生きやすかったのではないか、と。
もし、由緒と出来たとすれば、由緒が言うように、安心を、生きやすさを、手に入れられるのだろうか。
春の頭の中はいろんな考えでごちゃ混ぜになり、そうしてただ素直に、不安を吐露するように、弱々しく言った。
「……出来ないかもしれないよ」
春が小さな声でそう言うと、由緒は笑って言った。
「やからぁ、出来んかったら笑ったるって
…それか、泣きたいんやったら一緒に泣くやん」
その言葉に、春は先ほどまで泣いていた由緒を思い返した。
自分に向けて投げられた言葉に、由緒は自分のことのように、怒って、悲しんで、泣いていた。
この人なら、本当にそうしてくれるんだろうな、と、春は思った。
きっと、春自身の感情を受け入れてくれて、ただ一緒に、そばにいてくれるんだろう。
春は言った。
「…中野さんは…いいの?」
「何が?」
「…嫌じゃない?僕と…そういうこと、するの」
「嫌やったらこんな提案せえへんやろ」
「…したこと…あるの?」
春がそう尋ねると、由緒はじーっと春を見つめてから、ふっと笑ってから、言った。
「内緒」
そう言って由緒は、シャワー浴びてきたら、と春の手を引いて立ち上がらせた。
由緒は笑って冗談っぽく言った。
「綺麗〜に洗ってきてください」
そう言って、春の背中をグイグイと押しやり、春はされるがまま、シャワーへと向かった。
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