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第3話「繰り返す男」

 一体どうゆうことなのだと驚き、施錠する習慣のない窓を開ける。ユウヒは靴を持ったまま、ひょいっと身軽に窓から部屋へ侵入してきた。 「サンキュ、ハヤセ」  そしてすぐにラグの上で丸まって眠ろうとする。 「ちょ、ちょっと待て」 「ん?タオルケット?掛けてほしいー。ありがとね」 「いや、違うだろ?」 「何が?僕、もう眠いんだよ。話しは明日にして」  ユウヒはリュックサックを枕に寝始めてしまった。  俺は戸惑いが隠せない。しばらく丸まった彼を見下ろしていたが、結局ため息を一つついて、棚からタオルケットを取り出し、掛けてやる。  むにゃむにゃと、お礼のような寝言を呟いたユウヒは、より深い眠りへと入っていった。  朝方、同じことが繰り返された。  朧げに目が覚めると、ベッドの中にユウヒがいて、俺たちは身を寄せ合って眠っていた。それは温かく、心地よく、幸せな眠りの要素となっていた。  子どもの頃、実家で飼っていたハムスターがこんな風にくっついて眠っていたなと、ぼんやりした頭で思い出す。  一昨日は、この状況から脱するために、俺はラグへと移動した。  けれど今日は……眠気に負けてしまったんだ……。  俺はユウヒと背中が触れ合ったまま再び深い眠りに落ち、ジャンガリアンハムスターになって眠る夢を見た。  スマホのアラームが鳴って目を覚ませば、やはりユウヒはもう居ない。  そして、タオルケットは丁寧に折りたたまれて、椅子の上に置かれていた。 —  朝食の席で、前寮長のタケル先輩に声を掛けられた。 「おはよう、ハヤセ」 「おはようございます」 「一年生のオバケ騒動を丸く収めてあげたんだって?」 「収めたというか……」 「ハヤセが備蓄庫の中を点検して、何もいないことを確認してくれただけで、安心できたって言ってたぞ」  それはつまり、俺をフォローするため、わざわざ一年生に事情を聞いてくれた、ということなのだろう。  やはりこの人には敵わない。 「ただ、月曜と水曜と金曜の夜にオバケが出るっていうのが、ちょっと人為的で気になるね」  曜日と関係しているなんて、俺は全く知らなかった。  ヒアリングもせずに、自力で解決しようとしたからだろう。  やはり俺はタケル先輩のように、皆に慕われる寮長にはなれそうもない……。 —  四限目が終わり次第、A組へ出向き、学食へ向かうユウヒを捕まえる。 「おい」 「あっ、ハヤセ。昨日はありがとね」  それだけ言って、俺の前を通り過ぎようとするから、腕を掴んだ。 「事情聴取だ」 「え?今日も。ま、いいけど、急ごう。Aランチは唐揚げだよ!」  唐揚げならば、俺だって食べたい。 「Bランチは? 「野菜たっぷり八宝菜」 「よし、急ごう」  俺たちは、他の生徒たちを追い越し、学食へと急ぐ。 「この前も今日も、どうしてランチのメニューを事前に知ってるんだ?」  階段を下りながら問いかける。 「三時限目の休み時間に、わざわざ学食へ出向いて確認してるからに決まってるじゃん。生きる術だよ、生きる術」  大事なことだから二回言ったのか知らないが、ご苦労なことだ。  俺たちは無事にAランチの唐揚げをゲットし、この前と同じ端っこの二人席に座る。 「で、ハヤセは何が聞きたいの?」  口いっぱいに鶏肉を頬張るユウヒは、OFFの彼だ。黒縁メガネに、もっさりした前髪……。  それでも、歯並びが綺麗だとか、箸を持つ指が美しいとか思ってしまう俺は、どうやらかなりの寝不足である。  水を飲んで一息つき、ユウヒに尋ねる。 「単刀直入に訊く。昨日はどうして部屋に来た?」 「は?備蓄庫はダメだって言ったのは、ハヤセじゃん。段ボールだって捨てちゃったんでしょ?何言ってんの」  俺はすぐに返事が出来なかった。頭の中に疑問符が山のように浮かんでしまったから。  首を傾げている間に、ユウヒの唐揚げは、どんどんと彼の口に吸い込まれてゆく。  彼がそれをゴクンと飲み込んだのを見届けてから、ようやく次の質問を思いつく。 「月曜の夜、備蓄庫で寝てただろ?で、昨日の水曜は俺の部屋に来た。火曜はどうしてたんだ?」 「火曜の夜?あぁ、普通に家に帰ったけど?僕だって、洗濯したいし、着替えたいし」 「そっか」 「そうだよ」  俺も唐揚げを口に放り込む。  どうも会話のペースが掴めない。次に俺の口から出た質問も、自分でも呆れるほど冴えないものだった。 「シャワーとかはどうしてるんだ?」 「レッスン室にシャワーがあるんだ。だから夜も朝もちゃんと浴びてるから、安心して」 「レッスン室?」  そう言われて、小さな頃に習っていたピアノのレッスン室が思い浮かんだが、ピアノ教室にシャワーがあるわけない。 「あぁ、お腹いっぱい!」  もっともっと聞きたいことがあった。曜日の法則についても。レッスンについても。けれど、ペースを乱されている間に彼の食事は終わり、「お先にー」と席を立ってどこかへ行ってしまった。 —  その日、つまり木曜日の夜。  俺は、窓の外からまたノックされるのではないかと気になって、何度も目を覚ました。  もしノックされたら、俺はまた窓を開け、彼を招き入れるだろうか。  だってそうしなかったら、彼は備蓄庫の中で寝ようとする。だから仕方なく、部屋へ入るしかない。  そんな言い訳みたいなことを、グルグルと思考する。  けれど結局、ユウヒが訪れることはなく、朝を迎えた。  オバケが出るのは、月、水、金。  昨晩は、備蓄庫で寝たわけでもなく、自宅へ帰ったと考えるのが妥当だろう。  金曜日の放課後は、夜会の立食メニューについて、寮の料理長と第一回目の打ち合わせをした。 「それで、担当者は?」 「とりあえず、寮長である私が打ち合わせをさせていただきたいのですが」 「なんでも自分でやろうっていうのはダメだよ。途中で手に負えなくなる。次回までに担当者を決めてきてくれ。二回目からはそいつと打ち合わせする」 「……分かりました」  人に振るより、全部自分でやったほうが楽だと思うけれど……。 「いいか、寮長っていうのはドンと構えているのが仕事だ」 「はぁ」 「何年かに一度は、あんたみたいなのが寮長になるよ。自分でやったほうが楽だって思ってるタイプがね。でも大丈夫。そいつらも不器用ながらに人の手を借りて、最終的には立派な夜会をやり遂げた。ドンと構えとけ、ドンと」  料理長は喝を入れるかのように、俺の背中を力任せに叩いた。    さらにそのあと訪ねた警備室でも、同じことを言われた。  俺は昔から人に頼るのが大の苦手だ。  分かってはいるのだ。一人じゃ無理だと。  でも寮生同士で話し合いながら進めるのは億劫で、全て下準備をしてから、役割分担を決めようと思っていた。 「先に、準備委員会の立ち上げが必要か……」  仕方がない。来週早々に希望者を募ろう。  俺は夕食後、早々に風呂に入る。その後はずっと、割り当て人数を考えたり、食堂に掲示するための書類を作成するのに時間を費やした。  集中していたせいで酷く目が疲れる。だから書類が完成してまもなくベッドに入り、俺は目を閉じた。  またハムスターの夢を見た。  温かく、幸せで、柑橘系の匂いがよりリラックスを誘う。耳の側からトクットクットクッと規則正しく聞こえる音が、俺に安心感を与えてくれた。  一人がいいとずっと思ってきたけれど、もしかするとハムスターのように誰かと寄り添って過ごすのも、素敵なことなのかもしれない。  今の俺は、そんな経験が乏しく、その温かみを知らないだけなのかもしれない。  だとしたら、味わってみたい。誰かと温もりを分け合う日常を。  夢の中でそんなことを感じていた。 —  土曜の朝。いつものようにアラームが鳴る。土曜も学園は休みではなく昼までの授業があるのだ。 「あぁ、よく寝たなー」  大きく伸びをして、身体をほぐした。目の疲れもとれている。  ふと壁のコンセントに、見慣れぬコードが刺さっていることに目が行く。  そこには俺のではないスマホが、充電されていた。 「え?」  スマホには黄色い付箋が貼られている。 『充電させてもらったよ 学園に持ってきて よろしくね ユウヒ』 「はぁーーーー?」  窓を見ると、ピッタリ閉めて寝たはずのカーテンが、15センチくらい開いているのに気が付いた。  オバケが出るのは、月、水、金の夜。 「うそだろ。え?そんな……」  取り乱し、キョロキョロと辺りを見渡すけれど、彼の痕跡はスマホとカーテン以外に見当たらない。  ……いや、違う。  俺が心地よくハムスターの夢を見ながら眠ったことこそが、昨晩のユウヒの存在を裏付けるものなのかもしれない。  トクットクットクッと聴こえていたのは、もしかすると彼の心音だったのだろうか。  俺は彼の胸の辺りに顔を埋めて寝ていた?いやまさか。  そう否定するも、恥ずかしさで顔が熱くなる。  誰にも見られない1人部屋でよかった。  改めてそう思ったが、そもそも1人部屋じゃなかったら、ユウヒを招き入れることは、しなかったはずだ。  洗面所へ行き、ザブザブと顔を洗い、俺は決意する。  このままではダメだ。彼のペースに巻き込まれている場合ではない。きっぱりとあの男を拒絶しなくては。ただでさえ俺は今、夜会のことで頭がいっぱいなのだから。  鏡の中の自分を見据え「よし」と気合いを入れた。  早くに寮を出て、今日は正門でユウヒを待ち受ける。  この門を通って通学してくる者は、自宅生のみ。見逃さずに捕まえることができるはずだ。  徒歩で門をくぐる者を追い抜き、ビューッと自転車が入ってきた。 「あっ、ハヤセ!おはようー」  ユウヒが先に俺を見つけ、挨拶してくれる。彼は俺に対し、逃げ隠れするつもりは、まるでないらしい。  俺も自転車のあとをついて走り、駐輪場へ行く。 「待っててくれたんだね!やっぱりハヤセはやさしいなぁ」  そう言って手を出してきた。 「ん?」 「スマホ、持ってきてくれたんでしょ?ありがとね」  OFFの黒メガネと重たい前髪で隠れていても、ユウヒが俺に向かって可愛く微笑んでくれたのが分かる。    ダメだ、ダメだ。首を振り気合いを入れ直す。 「ユウヒ。あのさ、話がある」  スマホを返しながら、真剣な表情を作って彼に伝えた。 「いいよ、何?」 「今じゃなくて、ちゃんと話したい。何か誤解が生じてるみたいだから正したい」 「誤解?なにそれ。今日はね、午後からレッスンだから……。そうだ、見に来てよ、俺の踊ってるとこ!」 「へ?踊り……」 「踊りっていうかダンスね!じゃ、16時に郵便局の前で待ってて。迎えに行くから」 「16時……」 「うれしいなー、楽しみだなー。誰かに見に来てもらうの初めてだよー」  歌うようにそう言いながら、ユウヒは校舎に入っていった。  俺は一人、駐輪場に取り残される。また彼のペースでことが運んだ事実に唖然とし、予鈴が鳴るまで立ち尽くしてしまった。

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