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第4話「踊る男」
四限目で授業が終わり、俺は一旦、学園の外へ出る。
土曜と日曜の昼食は、学園からも寮からも提供がないため、外で購入するか、食べてくる必要があった。
青海波学園の生徒御用達のパン屋で、サンドイッチとホットドッグを購入し、早々に寮へ戻る。
食堂では、俺と同じようにパンやおにぎりなどを外で購入してきた生徒たちが、昼食を広げていた。
少ない人数だったが、まずは彼らに声をかける。
「えー、ちょっといいですか」
視線が集まった。
「ここに夜会の事前準備委員会のスタッフ募集詳細を貼ります。興味があったら、是非一緒にやりましょう。仕事はあくまで事前準備と片付け。夜会本番はプロの方が動いてくれるので、当日は充分楽しむことができます。あと、この掲示のこと、皆に広めてもらえるとありがたい」
仕事の各種内容と募集人数を書いた下には『興味のある一年生および二年生の生徒は、月曜日夕食後、食堂に集まってください。質問がある人は寮長・成川まで』と記載してある。
これで人が集まるとは正直思っていない。
足りない人員は、一人一人に声をかけ勧誘するしかないだろう。
しかし予想に反し、掲示しているそばから「やりたい、やりたい」「僕も経験したい」「やってみてもいいかも」「もちろん俺も手伝ってやるぜ」と声があがる。
「ハヤセ先輩の下でスタッフできたら、いい勉強になりそう」
そんな冗談を口にする一年生までいた。
「俺、君たちの顔、よーく覚えておくよ。月曜日、食堂で待ってるからな」
ふざけて彼らの顔を一人一人指させば、コクコクと頷いてくれた。
この反応、少しは期待していいのだろうか?
—
夕方。
張り切っているようで恥ずかしいが、15分前には、ユウヒと待ち合わせをした郵便局前に到着してしまった。
彼がどの方向から現れるのかも読めず、俺はスマホをいじりながら待つ。
「あの、すみません」
突然、知らない女子高生三人組が、話しかけてきた。
しまった……。制服ではなく私服を着てくるべきだったと、今更気がつく。
この紺色の千鳥格子柄ズボンは、街中で意外と目立つのだ。
「青海波学園の方ですよね?」「寮生ですか?」「夜会の招待状を渡す人って、もう決まってますか?」
「いや、俺は……」
三人は俺にカラフルな名刺サイズの紙を渡してくる。どうやら名前や学校、SNSのアカウントIDが記載されているようだ。
「よろしくお願いします」「期待してます」「DM待ってまーす」
ペコリと頭を下げて彼女たちは、立ち去っていった。
夜会は例年、招待される側の女子も必死なのだ。
もちろん招待する側の寮生にも、より素敵な子を招待したいという目論見がある。
『あの美人、誰が招待したんだ?』
そんな風に噂されたいらしい。
夜会をきっかけに付き合うことになった、というのはよくある話。他人が招待した子と、付き合うことになるという話もよく聞く。
伝統的に、男女の出会いの場として夜会は機能している。
はぁー。ため息がでた。
俺は今のところ、恋や愛に興味はなく、女子高生と付き合いたいとは少しも思わない……。
そもそも、異性に魅力を感じたことがないのだ。
だから昨年は、どうしても二人招待したい子がいるという同室の奴に、招待状を譲った。
今年はどうしようか。それも頭を悩ませている事柄の一つだった。
「ハヤセ、おっまたせ!」
ユウヒの声が背後から聞こえた。俺はなぜか慌ててしまい、彼女たちの名刺をズボンのポケットに捩じ込む。
振り返れば、髪をセットしオデコを見せたONのユウヒがいた。彼は制服姿ではなく、動きやすそうなダボっとしたスウェットパンツに、オーバーサイズのTシャツを着ている。
表情だって、生き生きとし輝いていた。
この姿を見たら誰もが彼のことを「美しくて可愛らしい男」と評するだろう。うん、間違いない。
「レッスン室、こっちだからさ」
「あぁ、うん」
彼に案内されるままに、その背中について行くが、俺は必死に本来の目的を思い起こす。
これから俺はこの男に「部屋に忍び込んでくるな。そもそも寮に忍び込んでくるな」とキッパリと伝える必要がある。
「今後訪ねてくることがあっても部屋には入れない」と拒絶をする姿勢をしっかりとる。
つまり、ユウヒと会話をするのは、おそらくこれが最後だ。
彼がレッスン室と呼んでいる場所は、郵便局からすぐ近くのビルの中にあった。
受付には年配の女性が座っており、ユウヒはそのおばさんに「ただいま」と告げる。
「ユウヒくん、おかえりなさい。見学のお友達に、ここに名前と今の時刻を書いてもらって」
俺が言われるままに記入している間、二人は親し気に話をしていた。
「ユウヒくんが、お友達連れてくるの初めてね」
「そう!僕、学園では友達なんていらないって思ってたけど、ハヤセは初めてできた友達だから。すごくやさしくて、頼れる奴なんだ」
「そう。応援してくれる人がいると、より頑張れるわよ」
「うん。僕もそう思う」
「ふふふ。よかったわね」
彼が俺のことをそのように紹介することに驚き、戸惑いつつも頬が熱くなる。
「……あ、書けました」
「はい。では、荷物はここで預かります。靴も脱いでそこのスリッパに履き替えてもらえる?」
「ハヤセ、僕、次のレッスン始まるから先行くね。第3スタジオにいるから」
ユウヒは、軽い身のこなしで、廊下の先へと消えていった。
取り残された俺は、受付のおばさんから、飲食はスタジオの外でとか、会話禁止、撮影厳禁などの注意事項を受けた。
「あ、あの。ここではなんのレッスンをしているんですか?」
「あらまー、ユウヒくんはアナタに伝えていないの?」
「はぁ」
「まぁ、彼らしいわね。ここはヒップホップダンスの教室よ。彼は今、11月に行われるダンスグループのオーディション二次審査に向けて、必死に練習しているの」
「へー、それはすごいな。見込みはありそうなんですか?」
「私はただの受付のおばさんだから、分からないわ。でも、小学生から習っている子も大勢いる世界だから、3年前から始めたユウヒくんは、頑張らなきゃって思ってるでしょうね」
「そうなんですね……」
「毎日練習してるのはもちろん、近頃は週に三回、ここが閉まるまで一人で居残って、朝練にも来るのよ。応援してあげて!彼のこと」
おばさんは、慈愛に満ちた笑顔でそう言った。
ユウヒがいるという第3スタジオの重いドアをゆっくりと開けた。俺は見学スペースとして設けられたベンチまでコソコソと移動する。
部屋の空気は張りつめていて、コーチらしき人がカウントを取る声が大きく響いていた。
生徒は10人。皆、真剣な表情で、少しの隙も見せずに踊っている。
ユウヒは一番右端にいた。ダンスというものを歌番組でしか見たことのない俺からしたら、めちゃくちゃ動きにキレがあって上手い。プロみたいだ。
リズムに乗って躍動する身体が、緩急つけて滑らかに動く様は、いつまでも眺めていられた。
「1分休憩」
コーチがそう告げ、生徒たちはさっと鏡の前に置いてある各自の荷物へ移動し、水分補給をして汗を拭く。
その間、生徒同士で目を合わせたり会話したりは、一切なかった。
ここでは全員がライバル、皆闘っているのだろう。
コーチが「ハイ」と手を一回叩くと、すぐに生徒たちは定位置につく。
そしてまた、激しいレッスンが再開された。
10人いても、俺の目は無意識に、ユウヒだけに吸い寄せられる。
ジャンプして着地するたびに、キラキラと汗が舞う。左右に首を振る度に、髪がバサリと大きく揺れる。
波打つような腰の動きはセクシーさを存分に含んでいて、目線の使い方にもドキドキとさせられる。
とにかく、とても美しく、とても格好いい。
これだけ輝き続けて踊っているのならば、朝練が終わってから次のレッスンが始まるまでの学園生活が、OFFなユウヒになってしまうのも、頷けた。
俺は次第に、レッスンを見に来るべきではなかった……と頭を抱え始めた。
だって、これを見て、もう部屋に来るなとは言い出しにくい。
実家までは学園から自転車で40分と言っていた。檜垣寮ならば、徒歩5分だ。そりゃ睡眠時間も確保できるし、朝練にだって行きやすいだろう。
「1分休憩」
何度目かのその声が掛かったとき、俺はコソコソとドアのほうへ、移動する。
ユウヒと話しをするのは、今日じゃないほうがいいと思ったから。日を改めて冷静にならなきゃ、とてもじゃないけど拒絶は伝えられそうもない。
そんな逃げるように帰る中、鏡越しにユウヒと目が合う。彼はパチリと綺麗なウインクをしてくれた。
だから俺も、小さく手を振り返してしまう……。
廊下に出て壁の時計を確認すると、ダンスを見始めて1時間半が経っていた。
受付にはさっきのおばさんが居て、俺に荷物を返却しながら「どうだった?」と訊いてくる。
「いや、凄かったです。ユウヒ、学校では全く覇気がないのに……。ここでエネルギーを使い果たしていたんだって、分かりました」
「ふふふ。今はダンスしか見えてないのね。でも、そんな中でも、こんないい友達ができたなんて、おばさんとしてはうれしいわ」
「いや、あの……まぁ。はい」
「オーディションも公開形式だから、可能なら東京まで見に行ってあげてね」
「何日なんですか?」
「11月23日日曜日の午後よ」
「その日は……」
よりによって、夜会の前日だ。
「あぁ、アナタも青海波学園なのよね。ちょうど文化祭と夜会の頃?」
「はい、ご存知ですか?」
「もちろんよ!何十年も前、私も檜垣寮主催のときに招待状もらったわ。うちの娘もね、四年前の籠目寮の夜会に呼ばれて、すごく喜んでた。夜会はいい伝統よね」
おばさんはオーディションの詳細が書かれたチラシを一枚くれた。
「これ、よく読んでみて。当日はリアルタイムで有料配信があるの。それで、配信を買った人はオーディエンス票を一票投じることができるらしいから」
配信ならば、見れるかもしれない……。
おばさんに礼をいい、俺はダンススクールをあとにしようと扉に手をかけた。
「ハヤセ!」
廊下からユウヒが駆けてくる。
「どうだった?僕のダンス!」
レッスンは終わったばかりのようで、汗が滴り、息が上がっていた。
「いや、めっちゃ上手いと思った。まじですごいよ、ユウヒ」
「そんなこと言ってくれるのハヤセだけだよ。僕、さっきのメンバーの中じゃ、一番経験が乏しいから下手くそでさ」
「そんなことなかったぞ!」
俺はダンスのことなんて1ミリも知らないのに、食い気味で否定する。
「すごくよかった。ユウヒが一番輝いてた」
「あ、ありがと。へへへ、うれしいな。えっと、それで、なんだっけ?なんか僕に話があるって言ってた気がするけど」
このタイミングで言えるわけがない。もう部屋に忍び込むなとか、泊めてやらないとか。
「あぁ、メッセージアプリのID教えてくれない?これからは、部屋に来る日は事前に知らせてほしいんだ」
結局、俺が口にできたのは、それだけだった。
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