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第9話 ユウヒ視点
二次審査に参加した160人が集められ、合格者番号が読み上げられようとしている。
三次審査へ進めるのは、40人のみ。
この場にいる全員が、緊張で強張った顔をしていた。
僕は悪い癖で、合否が分かる前から、自分の中で言い訳を連ねている。
ダンスを始めて3年しか経っていないのだから仕方ない。4日前の夜に足を捻ってしまい最後の追い込み練習ができなかったから仕方ない。東京生まれ東京育ちの人とはどうしたって差ができるから仕方ない……。
「99番」
番号は僕の103番に近づいてきた。
いや、本音の本音では「絶対に受かりたい」と強く思っている。ハヤセに「合格したよ」と報告するイメージだってできている。
ただ、ダメだったときのショックを和らげるため、防衛本能が予め言い訳を用意しているだけなのだ。
どうか、どうか……。
番号は随分と飛ばされる。
「106番」
一緒に踊った5人は、全員が不合格だった。
気持ちがスーッと冷めていく。
……ほらね、やっぱり。バケモノみたいに上手い人ばっかりだったもん。
すでに用意していた言い訳が役に立って、僕のショックを和らげてくれた。
皆、「足を怪我してたから仕方ない」と言ってくれるだろう。コーチも、受付のおばさんとして気にかけてくれる佐藤さんも。
涙など少しも出てこなかった。
ダンススタジオへ連絡を入れたあと、一人、山手線で東京駅へ向かう。
車内では、ハヤセにどうやって伝えようか、そればっかり考えていた。
彼は、僕が踊っている配信は見てくれても、結果発表の時間帯までは見れないはず。
オーディエンス票を投じてくれただろうハヤセに、ちゃんと報告しなくては。
メッセージで済まそうと、何度も何度も、言い訳めいた文章を書いては消して、書いては消してを、繰り返した。
長く書いてみたり、短く簡潔にしてみたり。
『落ちちゃったけど、全然大丈夫』
違う……。僕がハヤセに伝えたいのは、そんなことではない。
そもそも、ハヤセには報告したいのではない。……僕は今、彼の声が聞きたいのだ。
新幹線のぞみ号の指定席券を購入し、ホームに上がる。発車まではまだ15分ほどあった。
『今、電話してもいい?』
そうメッセージを書いて、エイっと震える手で送信ボタンを押す。
『ちょっと待って、三分後に俺からかけ直す』
すぐに返信があったが、夜会の準備で忙しい時間だったのかもしれない。ごめん、ハヤセ。
三分も待たずにスマホが震えた。
「もしもし」
あぁ、ハヤセの低く響くやさしい声だ……。
「もしもし……」
どうしてだろう。言い訳で補強し、強くふるまえていた心の防御壁が崩壊し、涙声になってしまった。
「足の調子、良くなかった?」
察してくれたハヤセが、僕に気を遣いそう聞いた。
「違うんだ……、そうじゃ、ない……」
涙が、涙が止まらなくなってしまう。
ハヤセにだけは言い訳など言いたくない。
「さっき、レッスンスタジオにも、電話した。僕の結果を聞いて、受付のおばさんも、コーチも、みんな、足が本調子じゃなかったから、仕方ないって……言ってくれて」
「だって、怪我さえしなければ」
「違うんだ……。ハヤセ、違うんだ。僕、怪我をしたとき、本当は、少しだけホッとした」
こんな本心を言ったら軽蔑されるだろうか。いや、ハヤセなら大丈夫。僕のことを受け止めてくれる。
「え?」
「これで落ちても、足のせいに出来るって、実力が足りてないのに、足が痛かったことを、言い訳に使えるって、そう思った……」
「言い訳って……」
「本当に、バケモンみたいに上手いのが、いっぱいいたよ……。怖かった……。足を怪我してなかったら、きっともっともっと、怖かった……」
「ユウヒ……」
僕の名前を呼んでくれた彼の声は、非難でも、同情でもなく、とても温かかった。
悔しかったんだ。
そうか、だから僕は泣いているのか、とようやく気が付いた。
涙は、ポロポロと零れ続ける。合格したかったな。頑張ったのにな。ハヤセも応援してくれたのに。
ホームですれ違う人々は皆、人目をはばからず泣く男を見て驚いた顔で通り過ぎてゆく。
『まもなく発車いたします。ご乗車の方はお乗りになってお待ちください』
「……涙って流すと、スッキリするものだね」
10分も泣いていたようだ。その間、ハヤセはずっと黙って、スマホの向こうで寄り添ってくれていた。
「付き合ってくれて、ありがと。そろそろ新幹線が発車するから切るよ」
僕は新幹線7号車の扉の前まで移動する。
「あのさ、ユウヒ」
ハヤセが僕を呼び止めた。
「結果がどうであれ、お礼に俺の願い事を一つ、叶えてくれるって言ったよな」
「あぁ、うん、言った気がする」
「明日、俺のために時間を作ってよ」
「え?でも明日って……」
明日は夜会のはずなのに、何を言い出すのだろう?
「これから、こっちに帰ってきて、ダンススタジオにも顔出すんだろ?」
「あ、うん。ちゃんと報告しに来るよう言われてる……」
「あの受付のおばさんに明日のこと、伝言しておくから」
「え?なに?どういうこと?」
なぜ、僕に直接ではなく佐藤さんを介してなのか?
『ドア閉めます、お急ぎください』
「乗り遅れるよ、ユウヒ。急いで。明日、会おうな」
新幹線に飛び乗った僕は、通話が切れたスマホをしばらく眺めていた。
ハヤセが言った明日のことが何なのか、少しも予想がつかないけれど、会えるのはうれしい。
そして、泣いたことで僕の気持ちはだいぶ落ち着いてきた。
グゥーー。
途端に、お腹だって空いてくる。
でも……。
弁当も買わずに新幹線に乗ってしまったことに気がつき、僕は絶望するのだった。
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