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第3章 淡い輪郭 -2-
翡翠宮へと続く回廊は、神殿の中でもひときわ静謐で、同時にもっとも近づき難い区画でもある。
稀人が暮らす場所へと至るのだから当然だろう。警備の立ち会いで何度か通った道だが、踏み入れるたびに自然と背筋が伸びる。
(どのような用件で呼び出されたのか……)
静まり返った回廊を歩きながら、リュイは思考を巡らせた。
身の回りの世話を命じられた以上、細々とした雑用の可能性も十分ある。相手が稀人でなければ一蹴するような内容だが、世話をするよう命じた時のレンの表情を思い返すと、奇妙に胸の奥がくすぐられる。
リュイは、軽く頭を振って得体の知れない感覚を追い払うと、顔を上げた。
天井近くまでそびえる両開きの巨大な扉――翡翠宮の出入り口だ。扉の表面には繊細な金の文様が彫りこまれ、中央には淡い緑の宝石を象った紋章が嵌め込まれている。魔法感知によって自動開閉する仕組みだが、触れずともその冷たさと重厚さが伝わってくるようだった。
扉の両側には二人の騎士が控えている。リュイが近づくと、どちらもわずかに顎を引いて敬意を示した。そつなく務めをこなす部下たちに小さく頷きを返し、リュイは扉の前へ歩み寄った。
「ああ、よかった!」
翡翠宮に足を踏み入れた直後、ひとりの少年が慌てた様子で駆け寄ってきた。翡翠宮で使用人としてレンに仕えている彼は、リュイの実弟でもある。
亜麻色の髪を振り乱して走ってくるその姿に、一大事でも起きたのかと身構えたリュイだったが、彼の表情から命に関わる騒ぎではなさそうだと悟り、肩の力を抜いた。
「稀人様……イブキ様が、僕たちの職務を解かれると……!」
「落ち着け、レリオ。何があったのだ」
息を整えたレリオの話によると、翡翠宮の案内を終えた後、くつろぐレンに軽食を運び入れた際に「そういうことは自分でやる」と告げられてしまったのだという。
「簡単な料理ならできると炊事場までいらして……入浴も着替えもすべて自分で済ませると……。兄上、どうか考え直していただけるよう口添えしてくださいませんか!」
リュイは額に指を添え、静かにため息をついた。
(――そういうことか)
翡翠宮の使用人を全員下がらせて、世話の一切を自分に押し付けるつもりなのだろう。罰として世話係を命じたのだから、その気になればいくらでも仕事を増やせる、というわけだ。
「……すまないことをしたな」
「もしや、兄上がここでお暮らしになることと関係があるのですか!?」
レリオが飛びつく勢いで聞いてくる。
レンの隣室を居室として整えるように頼んだ時は「兄上の世話もできるのですね」と浮かれていたレリオだが、今はその面影すらない。
「断言はできないが、無関係とも言い難い」
「でしたらなおさらイブキ様を説得してください! 僕たち皆、途方に暮れているんですよ!」
それを俺に言われてもな……。
喉元まで出かかった言葉を、リュイは飲み込む。
しかし使用人全員を下がらせるとは、面倒なことになった。
(無害そうに見えたが――いや、見誤っていたのかもしれない。案外、とんでもないところで頑固な性格なのか)
「レリオ、俺は神鈴で呼ばれたのだが、他に何か仰っていたか?」
「いえ。ただ……とても嬉しそうな顔で神鈴を鳴らしておいででした」
(――嬉しそうに、か)
いったい何を考えているのか。
リュイは痛むこめかみを指で押さえ、呆れとも不安ともつかない感情を追い払うように、深く息をついた。
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