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第3章 淡い輪郭 -3-

 リュイたちの会話を知る由もないレンは、こちらもまた複雑な面持ちでいた。  翡翠宮は、どの部屋もまさに「絢爛豪華」の言葉がふさわしかった。  寝室として案内された部屋は、天蓋付きの寝台がなければ迎賓館の応接間と見紛う広さで、深緑の絨毯には繊細な文様が織り込まれ、機能よりも美を優先して作られた家具が整然と並んでいる。窓辺に置かれた鉢植えひとつにまで細やかな装飾が施され、視界に入るすべてが贅を尽くした造りだった。  しかし、召喚前は1LDKのマンション暮らだったレンにとって、この空間はどうにも落ち着かない。  やけに広い廊下は昼間でも薄暗く、静けさが妙に耳に残る。だからこそ隣室をリュイの居室にしてもらったのだが――肝心の本人には、これをただの嫌がらせだと思われているかもしれない。  もちろん、リュイに意地悪をしたい気持ちがなかったわけではない。けれど、それ以上にレンは、彼に純粋な興味を抱いていた。  ルビリアたちは、稀人であるレンを敬うと同時に深く畏れている。  怒れば嵐が起こるのだから、恐れられるのも当然だ。だが、右も左もわからぬまま異世界にひとり放り込まれたレンにとって、その畏怖は孤独感を際立たせるだけだった。  ふと、リュイのあの挑むような眼差しを思い出す。  彼に厄介ごとを押しつけた自覚はあるし、多少は恨まれているだろう。だが――畏れられるよりも、そうした生身の感情を向けられるほうが、よほど救われる気がした。 「まずは、こいつを何とかしなくちゃな」  呟いたレンが視線を動かす。ちょうどその時、開け放たれた扉の向こうにリュイの姿を見つけ、手を振った。 「リュイ、こっち」  部屋に入ってきたリュイは、眉間に皺を寄せて何か言いかけたものの、結局は諦めたように長いため息だけを落とした。 「思ったより早かったな。これ便利だなー、魔法道具ってやつ?」  レンが手にした神鈴を軽く振る。中央の魔石を押すと、リュイの襟元から清らかな音が響いた。 「……何の御用でしょう」 「敬語はナシだって。まあいいけどさ、これ運ぶの手伝ってよ」  レンは巨大な衣装箪笥を指差した。 「衣装部屋にこれを運んで、この部屋には小さいのを置きたいんだ」 「……それでは服が入りません」 「入るって。寝巻き二、三枚と、案内してくれた子が着てたようなのが五着もあれば十分」 「……は?」  間抜けな声が出たのを誤魔化すように、リュイは咳払いをした。 「使用人の服を着させるわけにはいきません」 「なんで? 衣装部屋の服、豪華すぎて正直つらいんだけど」  衣装部屋にあった華美な服の数々を思い出し、レンは身震いをした。その中の一着の、無理やり着せられた服の袖をつまみ、不満をあらわにする。 「一番地味なのを選んでもコレだぜ? この袖のフリルとかベルトの装飾とかさ。建物もそうだけど、こっちの世界はあれこれ飾り立てるのが流行なのか?」 「稀人様を迎えるにあたり、最高級のもてなしをするのが定めでありますので」 「あー……そう言われると拒否しづらいな……。んー……でもなぁ」  レンはしばし悩んだのち、ぽんと手を叩いた。 「よし、地味なの五着で手を打つ!」  妙に誇らしげな表情で言うと、リュイに向き直る。 「というわけで、この箪笥はいらない。あっちの鏡台と……あのやたらデカいテーブルも」  そう言ってから、レンがリュイを見て片眉を上げた。 「あ、いま、めんどくせーって顔したな?」 「していません」  咄嗟に背筋を伸ばしたリュイが、淡々と告げる。 「運ぶことは構いませんが、私ひとりでは難しいので別の者を呼びます」 「俺とふたりでも無理かな」  リュイはまた「は?」と聞き返しそうになり、寸前で言葉を飲み込んだ。 「貴方と……私とで?」 「そうだよ。せーので持てばいけるだろ? 騎士だし筋力あるよな?」 「むしろ貴方のほうが――」  言いかけたリュイが口を噤む。  その続きを察したレンが、得意気に口角を上げた。 「こう見えて、大学のころ引っ越し屋のバイトしてたから、運ぶコツはわかってるんだ。ほら、やるぞ」  レンが促すと、リュイはようやく動いた。だが箪笥を持つ前に「失礼」と言ってレンの肩・腕・腰に軽く触れる。 「な、なに?」 「体力強化の魔法をかけました。持続時間は短いですが、運ぶ間は問題ないかと」 「へえ、眠らせる以外の魔法も使えるんだな」  レンがわざと嫌味を言うと、今度はリュイが口の端をわずかに上げた。 「麻痺の魔法もありますが……運ぶ間に使うような真似はしませんよ」  思いがけないリュイの冗談めいた言葉を、レンは笑って受け止めた。

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