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第4章 寄せ合う安寧 -1-
結局この日は、二人で簡単な夕食を作ることになった。
パンとスープ、それに果物が少し。リュイは「これでいいのか」と何度か確認してきたが、レンにとっては十分な献立だった。
「一緒に食べよう」
当然のようにレンが言うと、リュイはわずかに戸惑いを見せたものの、それをすぐに引っ込めて頷いた。広い食堂ではなくレンの部屋で、という提案も受け入れてもらい、新たに運び込んだ小ぶりの丸テーブルを食卓にした。
会話の少ない静かな夕食だったが、レンには楽しいひとときだった。誰かとこうして食卓を囲むこと自体、ここ数年は縁遠くなっていたことを思い出す。
そんな不思議な気持ちの中で夕食を終え、一息ついた後、レンは風呂に入ろうと腰を上げた。家具運びが思いのほか体に疲労を与えていたようだ。
部屋を出ると、当然のようにリュイがついてくる。だが脱衣所まで入ってきたのを見て、レンは思わず振り向いた。
「どこまでついてくる気だ!?」
「どこまで……? もちろん入浴中も側にいるつもりだが」
「いやいや、さすがにそれはおかしいだろ」
リュイが不可解さをわずかに滲ませてレンを見る。
「レンの安全を守るためだ」
微塵も揺らぎのない声で言われると、思わず納得しかける自分が少し悔しくもあった。
「子どもじゃないんだから、風呂くらいひとりで入れるよ」
「赤子より守られるべき立場であることを忘れたわけじゃないよな」
「忘れてないけどさ……細心の注意を払うんじゃダメかな?」
「駄目だな」
即答され、レンは言葉を詰まらせた。
ため息をつきながらも、仕方なく服に手をかける。が、シャツのボタンを外そうとして、不意に動きを止めた。
「……あのさ、じっと見るのやめてもらえるかな」
「見ていなければ守れない」
リュイにやましい気持ちなど微塵もないとわかっていても、レンは落ち着かない。ひとりだけ裸になることへの抵抗感も強いが、リュイのような理想的な肉体美を持つ男に見つめられるのは、同じ男として気後れを感じてしまう。
「あー……もうわかった! リュイも脱げよ!」
半ば投げやりに言うと、リュイがぴくりと片眉を動かす。そのわずかな反応に、レンは少しだけ溜飲が下がった。
「脱いだって仕事はできるだろ」
「だが……」
「とにかく俺だけ脱ぐのは絶対いやだからな」
リュイが小さな吐息を漏らす。少しは戸惑うかと思ったが、リュイは自分の服に手をかけると、迷いなく脱ぎ始めた。
流れるようなその動きを思わず目で追ったレンは、重厚なマントが床に落ちる音ではっとして視線を逸らした。視界の端で、リュイが白地のシャツを解いている。その体の輪郭が視界をかすめ、レンは慌てて俯いた。
一枚一枚服を脱いでいく音が、やけに大きく耳に届く。一切の迷いを見せないリュイの動きに、レンは自分だけが恥ずかしがっていることに腹立たしさを覚え、羞恥心を捨てた。
レンは自分に言い聞かせるように「よし」と小さく呟き、勢いよく服を脱いだ。脱衣所を出ようと歩き出した途端、くいと腕を引っ張られる。咄嗟に振り返ると、リュイと目が合った。
「急ぐと危ないぞ」
つい見てしまったリュイの裸体に腰布が巻かれているのを見て、レンはほっと息を吐く。
「わ、わかった、ありがとう」
「それとこれを。入浴の仕方はさほど変わらないと認識しているが、説明が必要か?」
手渡された布を腰に巻きながら、レンは「大丈夫」と頷いた。
一歩浴室に入る。案内された時にも感じたが、ここも例に漏れず豪華な造りだ。
浴室の床は翡翠色の石で敷き詰められ、壁面には淡い光を反射する文様が掘り込まれている。天井近くには温かな光を放つ石がいくつも並び、浴室全体を柔らかく照らしていた。
湯船は温泉宿の大浴場を思わせる広さで、縁には繊細な彫刻が施されている。湯面からは香草のような爽やかな香りがほのかに立ちのぼり、奥では獣を模した彫刻の口から湯がとめどなく流れていた。
レンは気を取りなおすと、まずは洗い場で体を清めた。レンが温かな湯をかけたのを見て、リュイも隣に並ぶ。
上品な香りのする石鹸を泡立てながら、そういえば召喚されてから何日も経つのに体がベタついていないことに気づく。何気なくリュイに聞くと、治療師が清浄の魔法を使ったのだという。
そう説明するリュイへと視線を動かしかけて、レンは慌てて前を向く。気恥ずかしさを誤魔化すように、レンは指先に力を込め、丁寧に洗った。
そうしてから湯船に足を浸すと、温かさが全身に広がり、溜まっていた緊張がほどけていく。隣でリュイもゆっくり腰まで浸かり、湯面がわずかに揺らいだあとは、湯気に包まれた空間に沈黙が落ちた。
白い湯気がふたりの間をゆらゆらと流れていく。
静かすぎる空間に、レンは耳の奥がくすぐったくなるような落ち着かなさを覚えた。ちらりと横を見ると、リュイは湯に浸かっているのに険しい表情を崩さずにいて、そのアンバランスさに思わず笑いが込み上げる。
「リュイは今まで、護衛で誰かと一緒に入浴したことある?」
「一緒に入ろう、などと言われたのは護衛じゃなくても初めてだ」
レンの笑顔に釣られるように、リュイも笑みを浮かべて答えた。
「恋人に誘われたことはあるだろ?」
当然頷かれるだろうと思ったが、リュイは「いいや」と首を横に振った。
「そもそも、そういう相手を作ったことがない」
意外な答えにレンは驚いた。
「こんなにかっこよくて騎士で副団長って肩書きもあるのに、恋人いたことないんだ……」
「レンは俺のことを格好いいと思っているのか」
レンへとからかうような目線を向けてから、リュイは不意に真面目な顔つきになった。
「幼少の頃から訓練漬けで、十になる前から近衛騎士団で小姓をしていたからな。色恋沙汰とは無縁の生活だ」
「それって、リュイの家が代々稀人に仕えてきたことと関係ある?」
「ああ、神殿騎士になる以外の道を考えたことはなかった」
リュイの目には、はっきりとした誇りと責任感が宿っている。
その強さを少し羨ましく思いながら、レンは軽く体を伸ばした。
それに引きずられるように、リュイもわずかに肩を動かす。リュイの視線が、ふいにレンへと向けられた。
「……レンは、恋人はいたのか?」
「おれ?」
「ああ。今更だが、もし元の世界に残していたら――」
「残してても、もう会えないんだからどうしようもないだろ」
レンはちらりとリュイを見て、それから笑いながら口を開いた。
「リュイの無表情が崩れるのを見るのは楽しいけど、戻れないことはしょうがないって思うようにしたから、そんな気にしなくていいよ」
喋りながら、指先でリュイへ湯を飛ばす。リュイが瞬きをひとつして髪を掻き上げたのを見て、そこへもう一度、今度は勢いよく湯をかけた。
「残した恋人もいないし」
「そうか……」
「そ。28歳恋人ナシ」
目を丸くするリュイを見て、レンが「なんだよ」と唇を窄める。
「自分も恋人いないのに、そんな驚くことないだろ」
「いや……」
逡巡するようにリュイが目線を動かす。
「……28?」
「ああ、リュイも同じくらいだろ」
リュイは一瞬だけ迷う素振りを見せたあと、口を開いた。気のせいか、口端が微かに震えているようにも見える。
「24だ」
「え?」
「俺は24歳だよ、レン。……しかしそうか、28か」
レンは、リュイが自分より四歳も年下だという事実に驚くあまり、リュイがぽつりと「確かに『愛らしい』な」と続けた声には気付かなかった。
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