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第4章 寄せ合う安寧 -4-

 瞼の裏に、淡い光が滲んでいる――。  レンがゆっくりと目を開けると、天蓋に施された文様がぼんやりと揺れて見えた。 (……あれ?)  記憶を追うように、何度か瞬きをする。 (風呂でのぼせて、それで……)  不意に静かな寝息が聞こえ、視線を横に向ける。  寝台脇の椅子で、リュイが眠っていた。  腕を組み、背もたれに体を預け、息を潜めるように眠っている。窓から差し込む陽光が彼の髪を照らし、わずかに青白くも見える顔を淡く縁取った。 (……ずっとここに?)  途端、胸の奥がふっと熱くなるのを感じた。  昨夜助けてもらった時に感じた、苦しい中での絶対的な安心感を思い出す。あの温かさと、申し訳なさと、気恥ずかしさ――他にもよくわからない感情が入り混じり、息をするのが一瞬だけ苦しくなった。  レンは名前を呼ぼうとして、けれど結局吸った息を静かに吐くだけに留めた。眠りを妨げたくない。そう思いながら、リュイを起こさないように、静かに身を起こす。  かすかな衣擦れの音に、リュイの瞼が動いた。ひとつ瞬きをしたあと、はっと顔を上げてレンを見る。 「レン……!」  近づいたリュイが身を屈め、手でレンの背を支えた。 「起きて大丈夫なのか?」 「ああ、体がすごく軽い。助けてくれてありがとう」 「俺は何も……」  何か言いかけたリュイが口を閉ざす。  わずかに眉間に皺が寄り、唇を固く閉ざしたその表情に、レンは首を傾げた。 「風呂入る前は護衛なんて要らないと思ってたけど、リュイがいて良かったよ」  ひとりだったら、あのまま失神して浴室に沈んでいたかもしれない。 「……それが俺の務めなので」  視線を落としたリュイが、小さく呟いた。  神殿騎士として、今は側仕えとしても、稀人を守るのがリュイの仕事。リュイの行動は任務のためとわかっていたのに、リュイの言葉を聞いた時、レンは心に棘のようなものが突き刺すのを感じた。 「それよりさ」  その違和感を追い払うように、レンは息を吐いた。 「椅子じゃあまともに寝れなかっただろ。俺はもう大丈夫だから、少し休んだら?」 「これくらいなんてことはない。訓練中に木の上で寝たこともあったからな」  そう言ったリュイが、ふと顔を寄せてくる。  思わずどきりとするレンの顎を軽く持ち上げ、確認するようにあちこち見回した。 「見たところ問題はないようだが……もし具合が悪くなったら、すぐに呼んでくれ」  リュイは立ち上がると、姿勢を正した。 「俺は騎士の務めに戻る。……レン」  襟元の神鈴を指でトントンと示したリュイが「忘れるな」と言い含める。頷いたレンに向けられた険しい眼差し。その目がわずかに充血していることにレンは気づいた。  胸の奥が締め付けられるのを感じながら、レンは何も言わずにリュイの背中を見送った。  リュイと入れ違うように部屋に入ってきたレリオは、レンを見ると顔をほころばせて駆け寄ってきた。 「イブキ様、おはようございます」 「おはよう、レリオ」  一礼したレリオが、嬉しそうにレンの顔を見つめた。 「昨夜より顔色も良くなりましたね。本当に、良かった」 「……レリオにも心配かけてたのか、ごめん」 「いいえ!」  レンにローブを羽織らせたレリオが、「気になさらないでください」と言いながら窓を開ける。 「何かお召し上がりになりますか?」 「今はいいや。水を……」  レンが脇台へと手を伸ばす。水瓶を手に取ろうとしたが、レリオにひょいと取り上げられた。 「私がやりますので、イブキ様はゆっくりお過ごしください」  世話をするのが楽しいのか、レリオはにこにこと嬉しそうだ。 「兄上からも、しっかりお世話するよう言い含められております」  コップに水を注ぎながら、レリオが思い出すように目を細めた。 「昨夜の兄上は珍しく取り乱しておられて……いつもは無口な兄上が、治療師に何度も症状を確認されたり部屋を行き来されて……」  コップを差し出すレリオの目に、うっすらと涙が浮かんだ。 「どんな病に倒れてしまわれたのかと……回復されて本当に良かったです」  受け取ったコップをあやうく落としそうになり、レンは慌てた。 「ただの湯あたりだったと思うけど……」 「いいえ、どのような症状であっても……心配なのです」  何度か瞬きをして涙を引っ込めたレリオが、目元を緩める。 「私以上に兄上は心を痛めていたのでしょう。寝台のそばから一歩も離れず、ずっとイブキ様を見つめておりました」  そう言ってから、レリオはふふっと笑った。 「先ほど見た兄上は、とても晴れやかな顔をしていましたよ」  レリオがふと窓の方へと視線を向ける。  それを追うように、レンも外を見つめた。おだやかな風がカーテンを揺らし、その隙間から晴々とした空が見える。 「今日は良いお天気ですね」  レリオに頷きを返しながら、レンは外を眺める。  澄んだ青空に、リュイの凛とした横顔が重なって見え、胸の奥がわずかに温かくなる。  その眩しさをやり過ごすように、レンはそっと瞼を伏せた――。

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