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第5章 静謐の律 -3-
「……伝承によれば、最初の稀人――エメル様が亡くなられてから、数百年後のことだ」
リュイは一度言葉を切り、静かに息を整えた。その声音には、ただ事実をなぞるだけではない、微かな重みが滲んでいる。
「二代目の稀人の時代、奇妙な死が続いた。稀人に触れた女性たちが、次々と命を落とした」
それは抱擁のような明確な接触だけではなかった。
指先が、ほんのわずかに触れただけの者すら――例外なく。
「聖職者たちは、その原因を『女性の穢れ』に求めた。真偽を確かめることもなく、神殿とそれを囲むキアニア地区は女人禁制となった」
リュイの言葉に、レンは今更ながら気づいた。
召喚されてから今まで、一度も女性に会っていないことを。
「こうして生まれたのが―― 『稀人は、女性に触れてはならない』という掟だ」
だが、とリュイは低く続ける。
「それで終わりではなかった」
亡くなった女性たちを憐れんだ稀人は、ある日神殿を抜け出した。
残された家族に、せめてもの償いとして金品を渡すために。
「そして次の悲劇が起こる……神殿の外へ出た直後、稀人が急逝したのだ」
その瞬間、大地が裂け、天が荒れ、かつてない災害が世界を襲った。
「当初は偶然だと考えられたらしい。だが、同じことが繰り返された。三代目、四代目と……」
リュイはそこで言葉を濁した。数を語ること自体に、意味がないとでも言うように。
「稀人が神殿を離れるたび、必ず死が訪れ、そのたびに災厄が起きた。……こうして定められたのが、『稀人は神殿の外に出てはならない』という掟だ」
深い呼吸のあと、リュイは視線を伏せたまま続けた。
「そして、稀人の死が世界に禍をもたらす以上――稀人自身が、いかなる禍も受けてはならない」
それら三つの戒めは、やがて一つにまとめられた。
「……『エメルの静謐律《せいひつりつ》』、俺たちはそう呼んでいる」
静謐――稀人が、世界を静かに保つための律。
レンは息を吐こうとして、口の中が乾いていることに気づいた。
耳に入る言葉を理解したくないのに、リュイの声は、残酷なほど優しく、レンの心に突きつけている。
これが、紛れもない真実だと。
「……あ……おれ……」
ようやく出た声はひどくしゃがれていた。縋るようにリュイを見る。
リュイは跪いたまま、レンを見上げている。
そんな目で、そんな姿勢で、話さないで欲しかった。
「……レン。貴方は……稀人の貴方は、エメル神殿の外では……生きられない」
どくどく鳴る鼓動で全て掻き消えればいいのに。
「この神殿の中で生涯を過ごす。それが稀人の……貴方の定めです」
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