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第6章 仮初の安らぎ -2-

 雨の雫が窓を伝い流れていくのを、レンは寝台に半身を起こしたまま、ただ眺めていた。空は曇天に覆われ、時折思い出したように雨を降らせている。  掟の話を聞き、受け入れたつもりでいた。それなのに――あの日からずっと気分は晴れない。眠りは浅く、食欲もわかなかった。  日課としていた閲覧室へ行く気力もわかず、そんなレンを周囲は心配したが、それすらもわずらわしく感じてしまう。そんな自分に、レンは一層落ち込んだ。  彼らを安心させるためにも動かなきゃならない、はずなのに。  体は言うことをきかず、そんなレンが選択したのは――翡翠宮から全員を追い出すことだった。  そうしたところで状況が変わるわけもない。むしろ悪化するばかりだが、レンにはそれを判断する余裕すらなかった。  レンは短く息を吐くと、目を閉じて寝台の背もたれに身を沈めた。ここ数日ほとんど眠れていないが、こうしていても眠気はまったく感じない。 「……どうすれば……いいんだろう」  誰にともなくレンは呟いた。  閉じた瞼の向こうで、無数の光の粒が散った。薄目を開けると、スピカがふわふわと飛んでいる。 「スピカ……」  名を呼ぶと、スピカはくるりと回った。 「……なあ、俺、ここから出られないんだってさ」  自嘲気味にレンは呟いた。 「……ここで瘴気を祓わなくちゃいけないのに……その方法もわからない。なあスピカ、俺はいつになったら、稀人の力を使えるようになるんだろう……」 「だいじょうぶだよ。やりたいこと、ぜんぶできるよ!」 「……できる、かなぁ」 「うん! ……でもヒトはたべないとうごかなくなる」  精霊にまで心配されるのかと、レンは苦笑した。 「ボクにふれてみて」  言われるまま、レンは手を伸ばした。スピカの体にそっと触れる。 「レン、からっぽだね。ボクがすこしだけわけてあげる」  声とともに、指先に軽い電流のようなものが走った。 「っ……これは……?」 「きみたちが『魔力』っていってるものだよ」 「魔力……」  レンは触れた指を見た。ほんの少しの余韻だけが残っている。他には何の変化もないことにレンは落胆した。 「力が使えるようになるんじゃないかって期待したけど、そうはうまくいかないか……」 「いまはねむっているだけ」  体を震わせながら、スピカが言う。 「おきたらぜんぶだいじょうぶ」 「眠ってる……か」  力を目覚めさせれば大丈夫、そういう意味だろう。肝心の目覚め方がわからないのだが。 「……瘴気を祓えるようになったとしても、ここから出ることはできないんだよな」  スピカがまた体をふるると震わせた。 「レン、かなしそう」 「悲しい……のかな。涙は出ないけど」 「ヒトはこころでなく。スピカしってる!」  スピカはそう言うと、レンの前を踊るように飛んだ。 「でもレンはだいじょうぶ。かなしいのもぜんぶだいじょうぶになる。レンは翡翠の王様。王様はなんでもできるから」  くるりと回り、スピカは消えた。 「翡翠の王様……」  レンは呟き、ふっと笑った。  俺が本当に王様だったら、何でもできる力があったなら――。  だが、それは考えても仕方のないことだと、何よりレン自身が一番良く知っていた。

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