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第7章 名を呼ぶ夢 -2-
「禁忌だ何だのとうるさいな……」
ぼそりとウリアが言う。
「僕はちょっとだけ魔法陣を調べたいだけだ。結界を壊すわけじゃないんだから放っておいてくれ」
「何かあってからでは遅いのですよ!」
「あのさあ……」
騒ぐ若い魔術師たちに、ウリアが呆れたようにため息をついた。
「あんたらここに来て2年だよな。結界に魔力を注ぐだけの毎日で飽きないのか? 僕は1年で飽きたぞ」
「それが私たちの仕事です! あなたこそ、ここで一番の魔力持ちでありながら、まともに結界の仕事もせずに遊んでばかりで……!」
「あーそこまで。ウリア、ちょっと来い」
また言い争いになりそうな気配の中、ラティがウリアを強引に引っ張ってその場から離れた。
「邪魔するなラティ!」
「……はいはい、文句はあとでゆっくり聞きますよ」
庭園の東屋まで移動すると、ウリアはようやく落ち着いた。
「……で、用件って何?」
「ああ、今朝俺に魔法陣のことを話しただろ? こいつらにも聞いてもらおうと思ってな」
「へえ、「ふーん」とか「ほーん」しか言わなかったけど、僕の話聞いてたんだ」
「聞いてはいたさ。意味は少しもわからなかったが」
ウリアは肩をすくめてから、リュイたちへと向き直った。
「……魔法の発動条件はわかるよな?」
「自身の魔力を用いて予め構築した術式を唱えること……と私は師から教わったよ」
アシュアが答える。これは魔法を扱う者なら誰もが知る常識だ。
「そう、僕たちは魔力の大小に関わらず、魔法はその方法でしか発動できない。けど稀人は違う。彼らの魔法の扱いは独特で、詠唱もいらず、とても自由だ」
羨ましい話だよ、とウリアは言い足し、言葉を続けた。
「子どもの頃初めて稀人の存在を知った時、僕は最初『彼らが異界の者』だからそうなのだと思った。異界の者はみな自由に魔力を操れるんだってね。けど……」
ウリアは言葉を切ったが、彼の言いたいことはその場にいる全員がわかっていた。
そもそも異界には魔法がない。彼ら召喚者はこの世界に来て初めて魔法に触れるのだ。
「そんな彼らがなぜ膨大な魔力を持ち、自由に扱い、秘術をも持てるのか」
「……魔法陣の与える力」
リュイがぽつりとつぶやく。ウリアは頷いた。
「彼らが異界から魔法陣を通ってこの世界に来た時、力が付与されるというのが定説だ。実際、魔法陣には『異界から召喚し力を与える』術式が組み込まれている。ただこの術式が……」
ウリアは言葉を切ると、言いにくそうに視線を動かした。
「術式がなんだ」
焦れたリュイが聞く。
ウリアは息を吐くと、諦めたように口を開いた。
「……旋律が変なんだ」
「どういう意味だ?」
聞き返すリュイに、ウリアは「言葉通りだよ」と不服そうな口調で言った。
「僕らが術式を作る時、例えば『水の球を作る』場合、『水分』『集合』『球の形成』というように要素を作ってそれらを繋げてひとつの術式にする。そのほうが圧倒的に効率がいいし魔力の通りもいい」
「うん。私はそこまで魔力が高くないから、効率というよりも、そうしないと安定しないね」
アシュアが同意すると、ウリアは大きく頷いた。
「それに加えて、例えばアシュア団長が、それらを繋ぎ合わせて『水分を集合させて球を形成する』という術式を作ったとして、それを僕がそのまま使っても安定しない」
「確かに。魔術の本には基本的な術式はあるけど、それは一度組み替えないといけない。……ああ、だから『旋律』か」
「そう!」
ウリアが声を張り上げた。
「魔法陣の『異界から召喚し力を与える』術式は、ひとつの術式なのにふたつの旋律が重なっているんだ。『異界からの召喚』が“木々を揺らす風”で、『力を与える』は“草原を駆ける風”なんだよ!」
興奮気味に語るウリアの横で、ラティだけが、わけがわからない、という顔をしている。
「……つまり、魔法陣の術式は間違っていると?」
リュイが尋ねると、ウリアは「うーん」と考え込んだ。
「今まで問題なく発動してるんだから、間違ってはいない。けど、おかしい」
「けれど、魔法陣は神の領域だろう? 私たちには理解の及ばない高度な術式、という可能性が高くないかい?」
「そこなんだよねえ」
アシュアの言葉に、ウリアは腕を組んで唸った。
「神の領域だけど、なんとなく理解できて、なんとなくおかしいと感じる。これがすごーく、気持ち悪いんだよなぁ」
「……だが」
リュイも考えた末に、頭に浮かんだ言葉を口に出す。
「稀人の力は強大だ。その力を与えるのだから、魔法陣には相当の魔力があるんじゃないのか。それなら多少無茶な術式でも――」
「それ! それだよ!」
ウリアが、ひときわ大きな声で叫んだ。
「……ないんだ」
声を落としてウリアが言う。
「魔法陣には『魔力を溜め続ける』術式が見当たらないんだ」
ではどうやって魔法陣は発動しているのか。
魔法に疎いラティすら思わず首を傾げた。
「……ただ、今言ったのはまだ仮定の域を出ない話だよ」
ウリアはそう言うと、肩を竦めた。
「アシュア団長が言ったように、魔法陣は神の領域だ。少し読めるようになったのもここ最近のことだからね。全部僕の勘違いだって可能性もある。それに……」
ウリアは言葉を切ると、目を伏せた。
「仮定じゃなかったら、魔法陣の存在意義そのものが――」
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