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第7章 名を呼ぶ夢 -5-

(……あ、また同じ夢)  黄金色の草原が揺れる。何度も見た光景だ。  群衆が歓声に沸く。逆光を背にひとりの男が近づいてくる。ここで夢は覚める――はずが、違った。  太陽に雲がかかり、影が落ちた。 (リュイ……?)  笑みをたたえて近づいてくる男の顔は、驚くほどリュイに似ていた。  長い髪をうしろでひとつに束ねている以外は、まるで双子のように瓜二つだ。  彼の姿を見ると、なぜか胸が熱くなった。 (……リュイ)  名前を呼びたい。  口を開き、唇を動かす。 「やあ、アヴェン」  夢の中の自分は、リュイではない者の名を、とても優しい声で呼んでいた。  ◇ ◇ ◇ 「アヴェンって名前に心当たりないか?」  その日の夜、魔法をかけてもらう前に、レンはふとリュイに問うてみた。 「聞いたことはないが……」  魔法をかけようとしていたリュイの手が止まる。レンの頬に留まった手が、おそらく無意識にそっと肌を撫でた。 「祖先の名前とか聞き覚えないか? そっくりだったから、関係あるかと思ったけど」  首を傾げたリュイに、レンは夢で見たことを話した。 「夢か……」  リュイは呟き、その言葉でレンは夢の話だったということを思い出した。 「あ、いや、忘れてくれ。あまりにリアルな夢だったから……けど考えてみたらおかしいよな。神殿の外で瘴気を祓うなんてできないのに」  黄金色の草原も、木々が生い茂る深い森も、巨大な湖も、すべてここにはないものだ。 「広々とした草原の向こうに湖があって、その先に雪山がかすかに見えて……絵画みたいに綺麗だったな」 「……コヴァリア地方か」 「え?」 「数千年前に瘴気に呑まれ今は荒地となっているが、当時の風景を描いた絵画が残っている」  レンは「ああ」と納得した。  おそらく閲覧室で見たのだろう。あの部屋には絵画がいくつも飾られていたし、画集もあった。 (都合の良い夢か……)  実感すると、その事実はレンが思ったよりも重く心にのしかかった。  あの美しい景色の中で、自由に暮らし、魔力を操り、瘴気を祓えたら――。  そしてその隣に、『彼』がいたら。  それはどれほど幸せなことだろう。  不意に浮かんだその思いは、レン自身、まるで意識していないものだった。  自分の気持ちなのか、まだ夢の中の感傷に引っ張られているのか。 「あの夢が、現実だったらいいのにな……」  レンはぼそりと呟いた。 「そしたら、もうとっくに瘴気は祓い終えてたし、みんな安心して暮らせていて……」  レンは言葉を切ると、間近にあるリュイの目を見た。 「俺に気遣って、ずっと神殿の中にいるだろ? リュイだけじゃなく……みんなも」  探りを入れるように言うと、その眼差しがかすかに揺れた。 「強制されていることじゃない」 「そうしてるようなものだよ。……俺がみんなを、縛りつけてる。だったらせめて……力を……」  その先の言葉は、声にならなかった。  不意に、リュイの親指が、ためらうように目元を拭った。  そうされて初めて、レンは自分が泣いていたことに気づく。 「……なぜ、怒らない」  絞り出すような声音で、リュイが言った。 「いつも俺たちを気にかけて、感情を抑えて、お前はもっと……っ」  リュイが息を吐くと、額をレンに合わせた。 「……たとえこの先、稀人の力を使えなくても。俺はレンを守り続ける」  ――稀人を守るのは、神殿騎士の務め。  レンの心の内の言葉を読み取ったのか、顔を離したリュイがどこか寂しげに微笑んだ。  その顔が再び近づき、今度は唇が瞼に触れる。  涙を拭うように、やさしくそっと。  すぐに離れたその感触は、寝る前に添えられていた安らぎの感触と同じに思えた。  リュイが詠唱を誦んじる。  もう何度目になるか……ゆるやかな睡魔の訪れ。再び目元にあの感触が触れる。やっぱり同じだと、レンは思った。 「……こんどは」  レンは、心に生まれた想いを、言葉にのせた。 「おれが……ねる……まえ……に……」  それが願いだと気づいたのは、声に出してからだった。  ◇ ◇ ◇  翌朝、目を覚ましたレンは、寝台脇の椅子にリュイが座ったまま寝ているのを見て、驚いた。 「リュイ?」  夢うつつのままぼんやりと名前を呼ぶ。  リュイの瞼がゆっくりと開いた。 「……おはよう、レン」 「おは、よう。……どうしたんだ? なにか……」  近づいたリュイが、寝台に手をついた。  もう片方の手が伸びて、レンの頬に触れる。 「……リュイ?」  優しく頬を撫でながら、リュイがゆっくりと息を吐いた。 「……触れてはいけないとわかっていても、つい、触れてしまいたくなる」  そう言ったリュイが、小さく笑みを浮かべた。  苦しそうな色を帯びた瞳が、レンを見つめる。――だが、その奥には、確かに消えきらない希望が揺れていた。 「昨夜……『今度は寝る前に』と言った、その意味を……聞いてもいいだろうか」  レンは目を見張る。届いていたのだとわかった途端、心にぶわりと熱が帯びた。 「あれは……」  逡巡するレンに、リュイが顔を寄せる。  瞼に唇が落ち、すぐに離れた。 「……いやではない?」  リュイは確認するように問うと、もう一度、唇を落とした。 「……いやじゃ、ない、よ」 (嫌などころか……)  そう思った瞬間、レンは自分の気持ちを自覚した。  目が合い、どちらからともなく顔を近づける。  唇が軽く触れ合い、まるで何かを探るように、短いキスを何度も繰り返す。 (……そうだ、俺はリュイのことが、好きなんだ)  自覚した途端、気持ちが全身に広がる。  それは電流のように体を走り、レンを突き動かした。 「リュイ、おれ――」  衝動のまま気持ちをぶつけようとしたその時。 『だめだよ、翡翠の王様』  耳元で、低い声が響いた――。

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