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第8章 兆す翡翠 -1-

 レンは最初、それが誰の声なのかわからなかった。  視線を巡らせる。寝台の端に、スピカがいた。その姿が一瞬ぼやけて見えて、レンは何度か瞬きをした。 「だめだよ、翡翠の王様」  スピカがもう一度、いつもの声で言った。 「駄目って……どういう意味だ?」 「翡翠の王様が……レンが……王様が……かなしむだけ」  スピカの声は、時折、別の音域の声が重なり、輪郭がぶれて聞こえる。 「スピカ、さっきから何を――」 「レン、急にどうしたんだ」  レンは、リュイが険しい顔で自分を見ているのに気づき、首を傾げた。 「どうしたって……精霊と話をして……」 「精霊?」  リュイが訝しげに眉根を寄せる。 「え? いるだろ精霊、そこに……」 「……見えるのか、レン」 「う、うん……。……え、見えないのか?」 「ああ。そもそも精霊は物語の中だけの存在だ。精霊を見て会話した者の話など、聞いたことがない」  レンは、はっとしてスピカを見た。  ――ふつうのことだよ、翡翠の王様!  スピカは、そう言っていたはずだ。あれは『稀人なら』普通という意味だったのか。だが、これまで読んだ稀人の日記に、精霊が出てきたことは一度もない。 「レン、そこに精霊がいて、何か言っているのか?」  リュイの言葉に思考が引き戻される。 「あ、ああ」  レンはスピカを見た。 (駄目とか、俺が悲しむとか、どういう意味なんだ?)  レンの心に、わずかに不安の種が根を伸ばす。レンは、リュイに気持ちを伝えようとしていた。その瞬間だ。駄目と言われたのは。 (告白――するなってことか?)  まるでレンの心の声に呼応するかのように、スピカが身を震わせた。 「なんで……? 俺が稀人だから? 力もないのに?」 「ああ……かわいそうな翡翠の王様」 「王様と呼ぶなって言っただろ‼︎」  抑えきれなかった感情が、衝動のまま外へ溢れ出した。暴風が吹き荒れ、鼓膜を叩く破裂音と共に窓ガラスが砕け散った。 「レン!」  声と共に寝台に押し倒される。耳元にリュイの息遣いが触れた。 「……大丈夫か?」  覆い被さっていた熱が離れ、リュイが間近から心配そうに顔を覗き込んでくる。その頬にうっすらと切り傷が走っているのを見て、レンは自分がリュイを傷つけてしまったことを知った。 「ご、ごめん、俺……」 「いいんだ。どこも怪我はしていないか?」 「俺より、リュイが……」 「ああ、こんなのなんともない」  身を起こしたリュイに髪を撫でられ、レンは俯いた。 「アヴェンは、だめ」  伏せた目線の先に、スピカがいた。  その姿がまた一瞬ぼやけ、ふるると震えた。 「……彼はアヴェンじゃない」  だが、その言葉を口にした瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。 「アヴェンは、だめ」  スピカはレンの声が聞こえないのか、同じ言葉を繰り返す。 「だから彼はアヴェンじゃ――」 「なんてかわいそうな翡翠の王様」  その声には、慰めとも違う、奇妙なやさしさが混じっていた。 「ボクがおもいださせてあげる」  スピカの体が光りだす。  その光が膨張し弾けるのと同時に、レンは意識を失った。

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