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第9章 歪なる静謐 -1-

 王宮から戻ったアシュアは、キアニア地区とエメル神殿を唯一繋ぐ橋の前で馬を止めた。人だかりの中に部下の姿を見つけ、声をかける。振り向いた若い騎士が、アシュアの顔を見て安堵の表情を浮かべた。 「どうした、何があった」 「俺も何がなんだか……急に頭の中に声が響いて、次の瞬間、気づいたら神殿の外にいたんです」  アシュアは周囲を見回した。地面に座り込む者、身を寄せ合って震える者、恐怖に泣き叫ぶ者、血を流し伏せる者――どこを見ても混乱を極めている。 「まずは負傷者の手当てを。この先の宿屋を借り、そこを臨時の拠点とする。動かせない者がいたらこの場で。治療師はいるか!」  馬上で指示を出すアシュアの許に、レリオが駆け寄ってきた。 「アシュア様!」 「レリオ、無事だったか」 「はい。侍従館にいた者は全員無事です。ただ、兄上の姿が見えないのです。たぶん翡翠宮にいたと思うのですが……」 「まだ中にいるのか?」  泣きそうな顔で首を横に振るレリオの背後から、今度はウリアが人混みを掻き分け寄ってきた。怪我を負ったのか、腕を抑えている。 「ウリア、怪我をしたのか」 「かすり傷だよ。それよりアシュア団長、あの魔法はなんだ!?」 「……魔法については君のほうが遥かに詳しいだろう」 「ああ、そうだ、そうだった。すまない、だいぶ混乱しているようだ」  ウリアは深呼吸をし、改めて周囲を見回した。 「これだけ大勢の者を一度に瞬間移動させる。こんな魔法を僕は見たことがない」 「頭に声が響いたと聞いたが……君たちも?」  二人が頷くのを見ながら、アシュアは馬を降りた。 「あの声は……稀人様……イブキ様のようでした」  思い出すようにそう言ったレリオが「でも」と顔を上げる。 「どこか変なのです。すごく冷たいというか……まるで……」  レリオの声を掻き消すように、突然轟音が鳴り響いた。  その凄まじい音と同時に、神殿の上空だけが切り取られたように暗転する。  分厚い雲が一点に集まり、ねじれるように回転を始めた。そこから大小いくつもの竜巻が生まれ、互いに絡み合いながら、神殿を囲むように蠢いた。  風が悲鳴を上げ、雷光が地を裂くように連続して落ちる。  そこにいる者全員が、悲鳴を上げるのも忘れ、そのあまりに異様な光景を呆然と見つめた。 「兄上が!」  レリオの声にアシュアが我に返る。 「兄上を探しに行かないと!」 「待てレリオ!」  走り出したレリオをアシュアが慌てて追う。  だが、橋の途中で、見えない何かに弾き飛ばされてしまった。 「レリオ!」  うねる風の向こうにレリオの背中が見え――消えた。 「何が……起きているんだ……」  駆け寄ってきたウリアに起こされた後も、アシュアはしばらく、その場を動けずにいた。

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