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第9章 歪なる静謐 -2-

「今、なんと言った?」  吹き荒ぶ風の中で、その声は重く冷たい響きを纏いリュイの耳に届いた。 「……レンを、返せと言ったのだ」  そう言った直後、リュイの耳に激痛が走る。生暖かい血の感触が切れた耳から首へと垂れていった。 「私はエメルだ。それ以外の名で呼ぶことは許さん」 「レンをどこにやった!」  リュイが怒鳴る。再び風が鳴り、今度は肩と足に風の刃が走った。 「アヴェン、お前は己の立場がわかっていないようだ」 「俺はリュイ・クォーリアだ」  エメルが呆れた顔で息をつく。 「こうして延々と語り合うのも悪くはないが、お前はいいのか?」  エメルはそう言うと、不意に片手をあげた。 「瘴気が木々を腐らせ、小さな命がひとつ、またひとつと消えていく」  エメルの手にはいつの間にか、魔晶球があった。そこに風景が映し出される。  腐っていく森、汚染された川、絶命する動物たち――。 「こうしている間にも命が散っていくぞ」  エメルは魔晶球を見つめ、優しく撫でた。  その手の動きとは裏腹な眼差しの冷たさに、リュイは思わずぞっとした。 「……お前は何者だ」  エメルが、再び呆れた目でリュイを見る。 「言ったであろう。私はエメル。お前たちの王だと」  エメルはそう言い、両手を広げた。魔晶球が宙に浮き、脆いガラスのように砕け散る。

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