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第10章 神へ至る夜 -1-
「……寒い」
レンの呟きは、闇に溶けた。
何も見えない。何も聞こえない。
ただ時折、何かが起きているという奇妙な重さだけが、わずかに体を撫でていく。
「……寒い…………寂しい…………? なにが…………」
無意識に出てきた言葉に、なぜそう感じたのかわからずレンは戸惑った。
瘴気氾濫が起き、瘴気を祓う力を使うために、体の中にある『何か』を目覚めさせた。直後、光に包まれて――落ちていく感覚とともに、意識を失った。そこまでは、覚えている。
「ここ……どこだ……?」
不意に、傍で小さな光が灯った。
「あーあ、こまったなあ」
スピカだ。小さな羽の生えた白いものがふわふわ浮かんでいる。
「スピカ!」
「翡翠の王様がめざめたら、ぜんぶ良くなるとおもったのに」
レンはスピカに駆け寄った。
「どうなったんだ!? 瘴気は!? リュイは――!?」
「しっぱいだったかも。翡翠の王様、すごくおこってるみたい」
「失敗って!?」
レンは思わずスピカの体を掴もうとした。スピカは寸でのところでするりと逃げて、またふわふわと漂った。
「翡翠の王様、すごくすごぉーく、おこってる」
「翡翠の王様……」
最初にスピカにそう呼ばれた時、レンは自分のことをそう呼んでいるのだとばかり思っていた。だがスピカの言葉は、違う可能性を示唆している。
レンは思い出した。確かスピカは『彼』を目覚めさせると言っていた。力を比喩しているかと思ったが、そうではなくて、別の誰かだとしたら――。
「スピカ、俺の中には一体誰がいたんだ!?」
「翡翠の王様だよ! きれいな翡翠の目の、ボクの王様!」
スピカが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
翡翠。夢の中での呼び名。もしかして――。
「エメル……?」
そう言った瞬間、レンは、あの夢はただの夢ではなくエメルの人生を追体験していたのだとわかった。唐突に、不思議なほどはっきりと、まるで無くしていたピースを嵌めた時のように明確に、その事実はレンの心に落ちてきた。
「そんな人が、なんで俺の中に……?」
「レンと翡翠の王様、おなじいろ」
「色?」
「たましいがおなじ! だからかさなった!」
スピカの言葉は相変わらず要領を得ない。
「ぜんぶうまくいくとおもったのに。翡翠の王様、おこってる」
「そうだ……エメルが怒ってるって、どういう意味だよ!?」
「このせかいをこわすんだって」
スピカは「あーあ」と、さほど残念がっていない口調で言う。
「ぜんぶなくなっちゃうのかあ。せっかくなまえをもらったのになあ」
「壊すって……そんな……」
(俺が、目覚めさせたから? 俺のせいで、世界が……)
「リュイ……」
思わず名前を呼ぶ。
スピカが、ふるると震えた。
「そうだ、ぜんぶアヴェンのせいだよ」
「アヴェン……」
夢に出てきた、リュイにとてもよく似た青年。
そういえば、スピカはリュイのことをアヴェンと呼んでいた。
「スピカ。彼……俺と一緒にいた彼は、リュイという名前で、アヴェンじゃないよ」
「アヴェンだよ!」
「違う」
「おなじだよ! おなじ、同じ……魂の色が同じなんだ。翡翠の王様と、レンもそう」
一瞬だけ、スピカの形がぶれた。
「スピカ。俺とエメルも、魂の色が同じでも違うだろ。リュイとアヴェンもそうなんだ。同じじゃない」
スピカはぴたりと動きを止めると、ぶるると大きく震えた。
「そうかも? そうかも! レンはボクになまえをくれた!」
スピカがレンの周りをぐるぐると飛ぶ。
レンはスピカに手を伸ばした。手のひらの中で、スピカが小さな羽を揺らした。
「このなまえがなくなるの、やっぱりいやだなあ」
「俺だってこの世界が壊れるのは嫌だ」
レンはスピカの体を包み込み、覗き込んだ。
「スピカ、俺に力を貸してくれ。ここから出てエメルを止めるんだ」
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