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第11章 まどろみの果て -1-
再び、周囲に闇が落ちた。
漆黒の空間の中で、レンは膝を抱えて座っていた。
エメルが見た最期の光景が、脳裏から離れない。
血に濡れた魔法陣、眩い雷光、痛みと、嘆き――レンが書物で見ていたエメル像とは、あまりにかけ離れていた。
「エメル……この世界の人だったんだな」
レンはぽつりと呟く。
リュイと話していた時の違和感の答えはこれだった。この世界の人なら、幼馴染がいても不思議じゃない。リュイは、このことを知っているのだろうか。
「……リュイ」
レンは呟き、膝の間に顔を埋めた。
エメルを呼び起こし、この世界を危険に晒してしまった。
リュイの制止を聞かずに強行した。
稀人の力が、瘴気を祓う力が欲しかった。
ただ、みんなを、リュイを助けたかっただけなのに――。
「……リュイ。俺、どうすればいい?」
ぽぅと、視界の端に光が灯る。
またスピカが現れたのかと、レンは視線を巡らせた。
人型に似た白い影が、目の前に現れた。
ゆらりと動いたそれが、レンを見て首を傾げるような仕草をした。
〈やあ、異界のキミ。名前は……なんと言ったかな〉
頭に声が響いた。複数の音域が重なるその声には、覚えがあった。
「スピカ……?」
名を呼ぶと、隣にもうひとつ、少し小さな人影が浮かんだ。
〈レン、このひとはレンだよ。スピカになまえをくれた!〉
スピカの声が響く。同時に、大小さまざまな人影が次々に現れた。
〈ああいやだ、名前をもらったからって、肩入れしちゃって〉
〈正直、我も名は欲しい〉
〈そもそも、君がエメルに力を与えたのが始まりなのでは?〉
〈力を与えたのは私ではないよ〉
〈俺か? いや、僕かもしれない〉
〈スピカだよ! スピカが翡翠の王様に力をあげた!〉
〈お前は少し黙っていろ〉
声が雪崩のように頭に入ってくる。ひどい眩暈に襲われながらも、レンは聞き捨てならない言葉に気づいた。
「エメルに力を与えた?」
〈世界を瘴気で満たす前に、試してみたくなったのだ〉
〈ボクはキラキラを残したかったの!〉
〈あの景色は我も好きだ〉
〈もう全部壊して作り直そうよ〉
再び激しい眩暈に襲われ、レンは思わず目を閉じた。
「スピカ……いや、君たちは一体なんだ?」
頭を抑えながら、レンは問いかけた。
途端、レンの周囲から一斉に気配が消えた。
〈――我らはかつてこの世界を創り、破壊を試みた〉
闇の中から、声が静かに語る。
〈精霊と呼ばれた時もあった。星降る民とも、神の使いと呼ばれたこともある〉
目を開けたレンの前に、巨大な人影が立っていた。
顔も何もない真っ白いそれが、レンを見下ろしている。
〈今はただ、世界の行く末を眺めるのみ〉
世界を創り、破壊しようとした。それはつまり。
「神様……ってこと、ですか?」
レンが問うと、巨大な白い人影はわずかに発光した。
〈キミの持つ知識の中では、それが最も我々を示す存在に近いのだろうね〉
正解ではないが、不正解でもないということか。
レンはそう理解し、人影に詰め寄った。
「あなたたちなら……止められるでしょう?」
〈なぜ? キミは異界の人で、この世界とはそれほど深い絆はないように思うけれど〉
「確かにこの世界にきて日は浅いし、わからないことだらけだけど、俺はもうこの世界があることを知ったんだ」
元の世界と同じように、生きている人たちがいる。家族、友人、愛する人たち――そうして生きている彼らは、元の世界の人と何も変わらない。
「それに……好きな人もできた」
レンがそう言うと、人影はまた淡く光った。
〈キミのそれは、依存ではないのかな〉
「依存……?」
〈何も知らない世界に放り込まれ、檻の中での生活を強いられて、唯一優しくしてくれた相手に、縋っているだけなのでは?〉
「ち、違う!」
リュイの姿を思い浮かべる。
初めて会った時に睨みつけてきた眼差し、無愛想な態度、真面目に答える姿、ほんのわずかに浮かんだ笑み、気遣う手のぬくもり、目元に触れた唇の優しさ――。
彼に対する想いを、錯覚などにはしたくない。
〈キミはさっき、この世界について「わからないことだらけ」だと言ったね。キミにはまず、知ってもらうことから始めた方がいいようだ〉
「え……」
目の前に、複数の四角い枠が浮かんだ。そのひとつひとつに、この世界の真実が映し出される。
ひとつには、魔法陣が書き換えられる場面が。もうひとつには、稀人が受けた仕打ちが。意味のない掟、この世界の嘘が、次々と映し出されていく。
〈それでもキミは、この世界の人を愛したいと思う?〉
映像が消え、闇と人影だけが残った。
「俺、俺は……」
言葉が、喉の奥で絡まる。
〈キミを、元の世界に返そう〉
突然の提案に、レンは驚いて顔をあげた。
「返す? 帰れるのか? 元の世界に……?」
〈ああ、我々のいくつかは消えるだろうが、キミをこの世界に巻き込んでしまったお詫びだよ〉
人影が発光し、揺れた。
〈キミは、長い夢を見たと思って忘れればいい〉
途端、再び複数の人影が現れた。レンを取り囲み、覗き込む。
〈キミが望むなら、最後に挨拶ぐらいはさせてあげるよ〉
声が優しく告げる。
〈さあ、目を閉じて。元の世界におかえり――〉
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