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第11章 まどろみの果て -2-
中央庭園の中で、リュイはひとり空を仰いでいた。
雨に濡れた白い石畳が、足元で冷たく光っている。
分厚い雲を、雷光が小さな竜のように走っては消えていく。
単なるエメルの気まぐれか、それとも心境の変化でもあったのか、嵐は激しさを潜め、今は霧雨が降るだけだった。
――だが、もうすぐ夜が訪れる。
また、彼を抱かなければならないのか。
その想像だけで、喉の奥がひりついた。
レンの体と、そして心を傷つける自分が、何もできない無力な自分が許せない。
(どうすれば、レンを取り戻せる?)
答えを求め彷徨い歩き、気づけばここに立っていた。
彼の背後からは、壁越しに水晶が擦れ合うような、かすかな軋みの音が絶えず響いている。
(このままでは、俺はまた……)
答えが出ない間は、リュイはエメルに従うしかない。
そして、今の状況で彼に答えを与えられるのも、おそらくエメルだけだ。
(エメルは……稀人じゃない……神でもない……)
怒り、嘲り、呆れ……あらゆる感情を持っている。
神に等しい存在であっても、自分たちと同じ『人』だ。
「俺たちと同じ……人……」
そう呟くリュイの頭上で雷が鳴り、耳元を風が掠めた。
「――……っ」
声が、聞こえた気がした。
「レン?」
そんなはずはないのに、リュイは咄嗟にレンの名を呼んだ。
再び、風が舞う。
「――っ……、……」
「レン!? レンなのか!?」
確証などない。けれどリュイはその名を呼ばずにはいられなかった。
風が舞う。不意に発生した霧が集合し、人の姿をかたどった。
「――イ! リュイ!」
声が届く。間違うはずもない。レンの声だ。
「レン!」
リュイの声に応じるように、それはレンの姿になった。
だが半透明で、輪郭はぼやけ、今にも消えそうなほど不安定だ。
「リュイ! 良かった、やっと会えた!」
やっと会えた。
その言葉に、思わずリュイの涙腺が緩む。
「レン、大丈夫なのか? いや……すまない……」
そんな姿になって、大丈夫なはずがない。
だがレンは、ぼやけた両腕をぶんぶん動かし「大丈夫!」と言った。
「なんとか外に出られたよ。リュイのほうこそ大丈夫か?」
そう言ったレンが、リュイの耳や腕に残る傷跡を見て顔をしかめた。
「切られたのか!? あ、ここにも!」
「俺のことはいい。それより……」
リュイはレンに言わなければいけないことがあった。
レンの体を傷つけた。ひどい扱いをしてしまった。
「すまない。いや、謝って済むことではないな……」
全てを告げると、レンは絶句した。
「償いは必ずする。俺を許さなくていい。俺の顔を見るのも嫌だろうが……どうか全てが終わるまで、そばにいさせてくれないだろうか」
レンの手が、リュイに伸びた。
頬に、冷たい霧の感触が触れた。
「……ああ、この姿だとやっぱ触れないのか」
残念そうにレンが言う。
「レン?」
呆然とするリュイの頬に、レンが触れられない両手を添える。
「リュイだって、つらいだろ?」
「え……」
「俺のこと、すごく考えてくれたんだな」
そう言って、レンは笑った。
「償いって言うなら、全部終わったら旅に付き合えよ。俺、行きたいとこたくさんあるからさ。リュイには俺の世話をしてもらう。これ、『命令』だからな?」
(……この人は、どうしてこんなに――)
リュイは込み上げてくる感情を呑み込み、目に力を入れた。
「ああ、その時はどこまでも付き合おう」
「よし! ……けどその前に」
エメルのこと、迫り来る瘴気――精神体となって外に出られたまでは良かったが、レンには決定的な策はない。
考え込むレンの脇で、小さな白い球がぼんやりと光った。
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