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 隣国から血をとりに医師団が来訪することになった。行動は早く、会談から一週間も経っていない。ツェータがてきぱきと健康な男性を中心に対象者を選出し、城へと集めた。 「俺も参加する」  そう言うとツェータは眉を顰めた。 「言い出したのは俺だ。その方が示しもつくだろう」  どうやら言っても聞かないらしいとすぐに判断し、ツェータは納得してくれた。こういうときに話が早くて助かる。  そして、医師団がやってきた。その中には、フェンの姿もあった。まったく期待していなかったといえば嘘になるが、正直本当に来るとも思っていなかったので、嬉しい誤算だった。フェンは俺に気がつくと頭を下げた。俺も同じようにする。口元がにやけそうになるので手で隠した。  顔を見れただけで、こんなに嬉しいなんて。  血の採取は滞りなく進んだ。 「もっととってくれていいんだぞ。俺の体なんて頑丈なだけが取り柄なんだからな!」  と言う声が聞こえる。案の定カーツだ。 「バカなこと言うな」  ツェータが呆れたように言っている。二人は普段通りの感じで、この前の親密さは見当たらない。勘違いだったのだろうかと思ったが、一瞬カーツがツェータに向けた視線で、俺はやっぱり間違いではなかったと思う。  そんなツェータはイグに呼び出され、何か小難しい話をしていた。 「こんにちは」  声をかけられ、どきりとして振り向くとやはりフェンがいた。 「まさか採血にまで参加していただけるなんて。本当にありがとうございます」 「あぁ、……いや、私が言い出したことですから。私が参加すれば、みんなも納得するでしょうし」 「なるほど。さすがです」 「……どうですか、国の状況は」  聞かないわけにもいかなかった。フェンは険しい顔になり、ふるふると首を振る。 「……そう、ですか」 「でも、これが突破口になってくれると信じていますから」 「私も、それを祈っています」  祈るという言葉で思い出す。そうだ、あの本――。 「そういえば、この前お話しした市場で、本を買ったんです」 「本?」 「商人が言うには、そちらの国の本だと」  フェンの目が軽く見開かれる。驚いたようだ。 「そうなんですか。なんという本ですか?」 「『向こう側に』という本で――」  フェンは固まって、じっと俺を見つめている。  先ほどとは違う何かの衝撃が走ったようだった。 「皇子?」  呼びかけると、ハッと気を取り戻して、 「ご存知なんですか?」 「あ、ええ、いや、その」  そう言って彼は頭を掻く。 「フェン!」  後ろから声がかかった。イグだった。 「ちょっといいか?」  フェンは申し訳ないという顔をして、 「すみません。ちょっと、失礼します」  そう言ってイグの元へと向かった。  俺はぼんやりと彼の背中を見つめていた。  何があったんだろう。  一通り工程が終わって、少し落ち着こうとその場を離れた。  階段の踊り場にイグがいた。 「ああ、――こんにちは」  イグは肘をついたままの姿勢で俺に言う。俺もとりあえず「こんにちは」と返事をした。 「大変でしたね」  俺が言うと、イグは笑って、 「いえ。そっちこそ。ありがとうございました」  と言う。イグは視線を外へ戻した。何かあるのかと思ってその先を見たけれど、退屈そうに雲が流れているだけだ。だけどなんとなく、俺もその雲を見つめていた――すると、イグが言った。 「あんた、フェンに惚れてるだろ」  思わず変な声が出た。それを聞いてイグは笑う。 「あたりぃ」  何か言おうと思うけど口は溺れた魚みたいにぱくぱく動くだけだ。 「安心しろよ、誰にも言わないから」  そういう問題なのか? と思ってそうだそういう問題だと思う。こいつがフェンに言ったら終わりじゃないか。 「言わない言わない」  こころの声が読まれてるみたいだ。 「そっ、……そんなに、わかりやすかったか、俺は」  脳裏にカーツとツェータが浮かぶ。あれくらいわかりやすかっただろうか。 「いや、別に。なんとなく」  俺ははっと気がついて、 「お、俺があのとき口づけを要求したのはそういう下心じゃなくて、その」  それを聞いてイグはけらけらと笑った。 「ははは、わかってるよそんなの。大丈夫大丈夫」  イグは俺の顔を覗き込む。 「あんた、面白い」 「なっ、……人をからかうなよ」 「いやぁ、そういうつもりはないんだけど」  イグは再び空に視線を戻す。 「俺は男が好きなんだ」  どこか爽やかな表情でそう言った。 「そう、なのか」  この国ではそれは普通のことだが、隣ではそうではない。彼の立場を俺は思った。そして訪ねた。 「それは、その――やっぱり、フェンのことが」 「はは、違う違う。俺には恋人がいる」  また驚くべきことを言う。 「ラブラブだぜ」  にっと歯を見せて笑った。その笑顔を眩しく感じた。 「だけど、驚いたなあ。あいつを、ね。いいと思う。あんた、見る目あるよ――おっと」  イグの視線が俺の背後を見た。そして呼びかけた。 「フェン!」  驚いて振り向く。フェンがイグに手を振っていた。 「ああ、ルー皇子も」  そう言って歩いてくる。 「なんの話をされていたんですか」 「いや、その」 「大事な話」  横でルーが言った。 「大事な話ってなんだよ」  フェンが言う。俺に接する時と違うフェンの態度。 「ちょっとね。内緒」 「えぇ? なんだよ、気になるな」  イグはこっそりと俺のことを肘でつついて、 「じゃ、俺は一旦戻ってるわ」 「? おお、わかった」  そしてイグは立ち去る。俺とフェンは二人残されて、なんとなく見つめ合った。俺は会話の糸口を探し――先ほどの本のことを思い出したけど、なんとなく聞いてはいけない気がしてそこから引き返す。そしてようやく話題を見つける。 「イグさんとは、随分親しいのですか」 「ええ、幼い頃からの腐れ縁ですよ」  困ったような顔でフェンは笑った。 「ああ、私とツェータみたいなものですかね」 「そうかもしれません。お二人も随分仲が良く見えます」 「もう、二歳からの付き合いですよ。切っても切れない関係です」 「はは、そうですか。同じですね」  俺は先ほどまで話していたイグのことを思い出した。フェンはそのまま、イグの話をしている。  あいつは賢いけれど、どうにも世渡りが下手くそで。  もったいないなって思っているんです。  もっとちゃんとすれば、あいつはすごいところまでいけるはずなのに……。  もしかするとそのとき、俺はイグに嫉妬したかもしれない。俺も、同じようにフェンの口から語られたいと思った。親しげに、遠慮なく俺のことを話して欲しい。  それは、つまり。 『――あんた、フェンに惚れてるだろ』  俺はようやく、ちゃんと理解する。 「ルー皇子?」  顔が真っ赤かもしれない。まっすぐ見つめてくるフェンから俺は思わず顔を逸らした。  俺は好きだ。  フェンのことが好きだ。  それから数日後、隣国の王の崩御の一報が告げられた。

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