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再びフェンたちが来訪することになった。
もともと予定していた血の採取が、国王の崩御で後ろにずれ込んでいた。
来訪した彼らは、まだどこか沈んだ空気を纏っていた。まだ国王の死から二週間も経っていないのだから当たり前かもしれなかった。
そのせいもあり、会話も少なくどこか気まずい空気で作業は進んだ。
俺はそれを見守りながら、彼らとの間の『扉』について考えていた――それは今、確かに少しではあるが開いているはずだった。だけれどそれは、この作業が終わったら(血の採取は今回で最後の予定だった)、そのままゆっくり、静かに音もなく閉まってしまうのではないかと思えた。
俺はそれが心苦しかった。
俺たちは知っている。その扉が閉まっていても、俺たちはそれぞれにやっていけることを。だから、またその扉が閉まることはありえない話じゃない。俺たちはそれで百年やってきたんだ。
だけど俺は知っている。その扉は開けることができて――開ければ、とても風通しが良いということを。俺たちはきっとずっと気にしていた。隣のことを見知らぬふりをして過ごすのは、ひどく居心地が悪い。
そして扉を開けてみれば――。
俺はフェンを見た。俺の視線に気がついたのか、フェンがこちらを見た。フェンは微笑んだ。
――とても素敵な出会いだってあるんだと。
だから俺は扉を開けていたい。
作業は終わり、広間はがらんとしている。
「殿下」
俺は窓際に立ち外を見ているフェンに呼びかける。皇子ではなくなったという事実にちくりと胸が痛む。
二人きりになれた。
俺は何か話がしたかった。どんな話でも良い、くだらない内容でも良い、いや、それこそ今必要なのかもしれなかった。
フェンは言う。
「今回は、本当にありがとうございました。おかげさまで」
そう言うフェンの言葉を、俺の言葉が遮った。
「あなたに、お伝えしたいことがあります」
俺は自分の言葉に驚いた。これじゃまるで、これから大事なことを話すみたいじゃないか。いや違う、俺はこれから大事な話をしようとしてるんだ。とてもとても大事な話だ。
「なんでしょう」
フェンの顔が真剣になる。
俺は今日、この話をするつもりではなかった。まだ悲しみの中にあるフェンを混乱させたくなかった。今日はきっとそのときではない。そう思っていた。
それでも、本当は伝えたかった。そう言って伝えられないまま終わるのが怖かった。何よりも、次に彼にいつ会えるのかわからない。
だから今目の前にフェンがいるという事実が、俺をつき動かした。
フェンのその顔を見て、自分に言い聞かせる。
――決断。決断だ。
きっとそれは今しかない。
――今だ。さあ、言え!
俺は一度息を吸い込む。ふうっと吐き出して、言った。
「私は、あなたのことを――いや、違うな。俺は、あなたのことが、好きだ。愛している」
フェンの目が、少し見開かれた。
唇がふっと開いて、それが何かの言葉を紡ぐその前に、俺は畳み掛ける。
「あなたの国で、同性愛が禁忌であることは知っている」
じっと、俺を見つめ続けるフェンの眉根が歪んでいる。その表情の意味を図りかねる。俺は、話し続けるしかなかった。
「あなたはきっと、俺のことを軽蔑するだろう――俺がお前を愛していると言ったら、俺を穢らわしく思うだろう」
一度、喉を動かして唾液を奥へと送り込んだ。
「それでも」
声が震えないように。
「俺は想いを伝えたかった。あなたに知って欲しかった。俺の中のこの感情を」
フェンが、まばたきをする。その目の奥の色は、何色だろう。困惑か、幻滅か。
「これは、俺のわがままだ。だけど、伝えずにいられなかった」
俺はきっぱりと言う。
「返事は、いらない」
沈黙が流れた。無限にも思える長さだった。
フェンの唇が動いた。
「私、は――」
そう言って、すっと目を伏せた。まつ毛が揺れて、何度かまばたきしているのだとわかる。
――ああ。
俺は悟った。
終わってしまうのだ。
美しかったこの関係は、かけがえない時間は、俺の告白で終わってしまう。
悲しかった。だけど、仕方ないとも思った。後悔する気持ちはなかった。伝えられたのだから、それでいい。
これ以上ここにいては、いたずらにフェンを苦しめてしまうと思った。だから、俺は立ち去ることにした。
「悪かった、忘れてくれ」
俺はそう言い歩き出し、フェンの横を通り過ぎた。
「……ない」
フェンが呟く。
「え?」振り返った俺に、
「私は――僕は、忘れたくない」
そう言って顔をあげた。
「僕は、忘れない。ずっと覚えていたい、今の、あなたの――ルーの言葉を」
振り返った姿勢のまま、俺は動くことができなかった。フェンが、その綺麗な目でまっすぐ俺を見つめている。
フェンは立ち上がった。俺を見つめたまま。
「あなたは美しいです。とても、美しい」
――美しい?
――俺が?
「とても美しい心を持っています」
フェンが語る。
「あなたは、正しいひとだ。
正しくありたいと思っている。
そしてそれが、あなたを苦しめている。
あなたは思慮深く、人のことを思いやることができて――人をできるだけ傷つけたくないと思っている。
それはとても美しいことです。とても、尊いことです」
それは、俺のことだろうか?
俺のことを話しているのだろうか?
誰か別の人の話ではないか。それとも、俺のことをちゃんと見ていないのではないか。きっと他の誰かが同じことを俺に言っても、そう思って信じられなかっただろう。
だけど今の俺には、もしかしたらそうなのかもしれないと思えた。
だって、フェンがそう言うのだから。俺の愛するフェンが、まっすぐ俺を見て、俺に語りかけているのだから。
どれだけそうして見つめ合っていただろう。
「……あなたの」
フェンがさらに何かを言おうとした。その苦しそうな表情に、思わず視線を外してしまった。
視線を外すと、俺の中で一気に黒いこころが膨らんだ。
俺は言う。
「買い被りすぎだ、俺はそんなできた人間じゃない」
――そうだ。
「俺は、そんな美しい心なんて持っていない」
――その通りだ。
「俺がお前の国に支援をする判断をしたから、そう見えるだけだ、そうだろう?」
――そうに違いない!
俺は、再びフェンを見た。
彼は首を振った。
「あなたは、とても美しいです」
俺はその時、フェンのことをしっかり見つめ直した。そうしなければならないと思ったから。
それは、決断だった。
俺はフェンをしっかり見なければならない。
目を逸らすな!
それは、あの支援の決断よりも、先ほどの告白よりも、もしかしたら強い意志が必要だったかもしれない。
見つめ続けるということ。
フェンは、俺に微笑み返した。
そのとき、フェンが先ほどから一度も視線を外していなかったのだと気づく。
俺はそのとき、こいつの強さを知ったと思う。
何かに弾かれるように衝動的にフェンの元へ歩み寄ると――フェンの頭をぐいと引き寄せて、口づけをした。あの時フェンが俺にしたように、しっかり何かを手に入れようとする口づけを。
そこから何かが流れ込んで来ればいい。どんなものでも構わない。できればこいつの、その折れない強さが欲しい。
俺も強くなりたい。
小さくフェンが声を漏らして、俺は急に冷静さを取り戻した。
「あ、すまない、その」
弁明しようとすると、フェンは自分から改めて唇を軽く重ねた。
そしてもう一度俺に微笑みかける。
そのまま両手を広げると、俺を優しく抱きしめた。
「フェン」
俺が耳元で言っても、フェンは何も言わず俺を抱きしめている。俺はゆっくりと腕を動かして、フェンを抱きしめ返した。
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