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俺は部屋でぼんやりと過ごしていた。
机の上に置かれたフェンからの手紙。相変わらず俺は返事ができないでいた。いよいよ、返事をしないと間に合わない。どちらにせよ、向こうにも準備があるのだから。しかし、手が動かなかった。どう返事をすれば良いか決められない。
俺は耐えられるのだろうか。民衆からの失望の視線に。
そんな視線を向けられる自分をフェンに見られることに。
だから、行きたくない。
悩んで腹が減ったので食事を食べることにした。特別に自分の部屋に、クロノに持って来させた。普段だったら絶対にそんなことは認められないけれど、どうやら特別みたいだ。
クロノはまるきり普段通り。
腹ごしらえを終えて、ようやく少し気が晴れてきた。もう夜も遅い。人も少ないだろうし城内を少し散歩しようと思う。
大広間、図書室。フェンと話した物語のこと。
自分はなんだか、あの河の向こうに来てしまったみたいだなんて思う。
目の前の河は、本当に荒れているのだろうか。俺が勝手にそう思っているだけなのかもしれない。目の前の河は大人しく流れているのに、濁流だと思い込みたいだけなのかもしれない。
いずれにせよ。
フェンだったら飛び込むのだろう。
だけど、俺は。
じゅくじゅくした気持ちのまま中庭に出ると、剣技場の方から声がした。野太い声。
覗くと、案の定そこにカーツがいる。
「おう! ルーじゃねぇか」
俺は入り口から中に入って、カーツの元へ歩いて行った。カーツはいつも通りに俺の顔を見ている。何か言って欲しいと思ったけれど、カーツは何も言わなかった。俺は逆になんだか恥ずかしかった。
俺はしるしのなくなった顔を撫で、
「なぁカーツ、俺は――」
そう言いかけたとき、
「そうだ! そういえば、手合わせの約束してたな」
カーツは棚から模擬刀を一本手にとって、俺に向かって軽々投げた。俺はそれを受けとめる。カーツが笑って言う。
「よろしく頼むぜ」
返事も待たずに、カーツは俺の元へダッと踏み込んだ。勢いよく振るわれた剣、体を翻して俺は避ける。カーツは勢いを殺さず向きを変え再び俺に食らいつく。俺は剣を受け止める。ぎりぎりと押すカーツの剣を弾いて俺は空いた脇腹に踏み込んだ。カーツもそれを剣で受け止める。
「随分強くなったな」
カーツが感心したように言う。
俺が強くなったのだとしたらそれは、フェンのおかげかもしれなかった。
「それなのに悩んでいる」
カーツが剣を振る。俺はそれを捌きながら何も言わない。
「何を悩むことがある?」
そうだ、俺は迷っている。
俺は自分がそれ(傍点)にふさわしいのか悩んでいるのだ。
でも、どれに、だろう。
「いいか、お前の強さをお前が決めるな」
カーツが巨体をまるで踊らせるように軽やかに動かして俺に食らいつく。俺は引き下がってそれを避ける。
「お前はお前を信じなきゃいけないんだ」
カーツが連続で繰り出す突きを敏捷に避ける。
突き、右、左。
「お前がお前を信じないのは――お前を信じてくれる人に対しての裏切りだ」
その通り――俺は裏切っているのかもしれなかった。
カーツを。
ツェータを。
そして、誰よりもフェンを。
――僕は、ルーが国王の国はとても幸せだと思う。
その言葉を、裏切ってはいけない。
俺はカーツを見た。
「いい顔になったじゃねぇか。行くぞ!」
カーツが仕掛ける前に仕掛けると決める。スピードならばこちらに利があるのだ。俺は身を翻し剣を振るった。
「いいぞ、滑らかだ、迷いがない」
俺は守りより攻めを繰り出す。攻めだ、とにかく仕掛ける。右、左。回って背中――!
「そうだ、もっと喰らいつけ!」
カーツが叫ぶ。俺も気づくと叫んでいた。夢中で剣を振るった。
右、左。上、斜め。守って、守って、攻撃。突き出す!
少しでも届くように。強く強く強く。
「うぁぁぁあああっ!」
一瞬できた隙をついて剣を振り下ろす――。
「だけど、……もうちょっと、だなぁッ!」
カーツはその体から想像できないほど素早い動きで剣を翻し、俺の剣を弾き飛ばした。遠くへ飛んでいったそれはカラカラと音を立てた。カーツがひゅっと剣を振り下ろし、俺の眼前に突き出した。
「俺の、勝ちだ」
俺の肺が悲鳴を上げている。酸素。酸素が足りない。荒い呼吸でカーツを見る。カーツもまた、その胸を上下させていた。汗が彼の鼻の横を垂れていた。
カーツが息を切らしているところを俺は初めてみた。
カーツは剣を下ろした。
「ふぃー。ハラハラしたぜ」
太い腕で額の汗を拭っている。
俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。カーツが俺の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「ありがとう、カーツ」
「俺は何もしてねぇぞ」
「なあ」
「ん?」
「ツェータをよろしくな」
カーツはあんぐりと口を開けた。
「お、おま、……なんで」
動揺しきったその顔を見たらなんだか元気が出た。俺は立ち上がって剣技場の扉へと向かっていく。
「誰にも言うなよ!」
その声を背中に聞きながら、体中から噴き出す汗を拭い扉を開けた。
部屋に戻ると、俺は白紙と向き合った。
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