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第3話 今でも街中で君の姿を探してしまう

 ふと、自分は女の子になりたかったのかと自問することがある。  それは、街ゆく中でベビーカーを押すお母さんを見て、静かにお利口にしている赤ちゃんを見た時や、休日の公園で遊んでる子どもとそのお父さんの声を聞く時。  叶わないのに、もう早く忘れてしまいたいのに、普通の日常の風景の中にいるのに、君のことが頭に浮かぶんだ。  ぽわんって、まるでしゃぼん玉みたいにふわふわ漂う。    君の結婚式が終わってから半年、僕が予想していたように、僕らは会わなくなった。  それは互いに仕事が忙しいとか、今は資格の勉強中だからとか、そういう「社会人らしい都合のいい言い訳」なんかじゃなくって。  君の時間は、奥さんの時間と共有されることになったから。  君の人生は、もう君ひとりのものではなくなったのと同じ意味。奥さんと過ごす日々が、第一優先事項になっただけのこと。    結婚している友達と遊びに行くって、女性同士なら愚痴や近況報告や趣味の息抜きで会うかもしれないけど、男ならそういうのはほとんど聞かない。  僕も、君から奥さんの話とか、なるべくなら聞きたくないし。  そう考えてしまうのは、きっと他人の幸せを願ってあげられないくらい自分には余裕がない時って言うし。  たしかに、僕は最近そんな状態。  たまたま、高校生の頃2人でよく行った渋谷のレコード屋さんや古着屋さんとかに行くとね。  ぶわって。一瞬、君の姿が幻みたいに僕の視界に浮かぶことがある。  こんな話、聞いたら引くよね。だから誰にも言わないんだけどさ。  街中のいたるところに、僕が君を独り占めして過ごしてきた日々の大切な思い出が散りばめられていて、つーんって鼻が痛くなるよ。ぐっと喉奥が詰まって、情けない声が出そう。  それぐらい、まだ僕は君のことを忘れられないし、大好きなんだなあって思うと不思議だね。  人並みの中に、いるはずのない君を探している自分がいる。  笑っちゃうよ、ほんと。  男のくせに情けないなー、とか。未練たらたらかよ、とか。ネガティブだなあ、とか。挙げてみたらキリがないけど、とにかく自分のことが嫌になる。  渋谷だと、若い男女がよく仲睦まじく歩いているのを目にする。  あ。あのカップルが入っていたビルの2階のカフェ。僕らもよく終電逃したら行ってたなあ。夜カフェって言うらしい。ホットココアの上にマシュマロを乗せるのがおいしいってこと、あのお店で知ったなあ。  子ども連れの夫婦が入っていった駅チカのショッピングモール。あそこのメンズフロアにあるハイブランドのお店で、君が僕の20歳の誕生日のお祝いに財布を買ってくれたなあ、とか。  思い出だけは色褪せなくて。  自分の生きている"今"はこんなにも色がないのに。世界中でただひとり、僕だけがこのモノクロの世界に取り残されているみたい。

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