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第5話 猫パンチされて喜ぶ貴方は誰?

 出逢いとは本当にひょんなところから飛び込んでくる。スケジュール外の予定のように、彼はぽんと僕の前に現れた。 「黒猫、好きなのか?」 「え?」  僕は膝の上に乗せていた黒猫の喉の下を撫でている手を止めて、声の降ってきた頭上を見上げた。 「……っ」  そこには目を見張るような銀髪の美貌の青年がいた。襟足が少し跳ねている。猫のしっぽのように。かなり背が高そうだ。ソファに座る僕の目線に合わせるように、彼は前かがみになってそっと上から見下ろしてくる。  彼の声は低く、耳触りがよく、心地いいトーンだった。癒し系ボイスって言うのかな。ずっと聞いてたらリラックスして力が抜けちゃいそうな声。この人とずっと話してたら心地よくて眠くなっちゃうだろうな。    そんなふうに僕が感じていることを知らない彼は僕の返答を待っているようで、じっと目の前に佇んでいた。  僕は膝の上で丸くなって欠伸を洩らした黒猫の額をそっと撫でながら、男の顔を見上げる。 「はい。黒猫、好きです」 「そうか。やけに懐いているなと思って」 「……そう、ですかね。僕、初めてここに来たのでこの子は元々こういう人懐っこい性格の子なのかと思ってました」  僕が曖昧に笑うと、彼は彫刻のように整った顔をくしゃりと綻ばせて笑う。 「羨ましいな。俺なんて、この子と会うの3回目なのにまだ触らせてもらえない。一応、手の匂いは嗅いでくれるけど」 「そうなんですか……」  僕が目を細めて答えると、彼は僕の座るソファの隣に静かに腰掛けてきた。まさか隣に座ってくると思っていなかった僕は軽く身構えるように姿勢を崩した。  それがいけなかったんだろう。 「あっ」  すると、さっきまで膝の上で微睡んでいた黒猫が驚いて飛び起きた。そうして、瞬足でそそくさと室内の窓際に並べてあるキャットタワーの後ろに隠れてしまった。黒いかぎしっぽだけが、キャットタワーの隙間からちらりと見え隠れしている。 「あー、ごめんなさい。俺が急に横に来たばっかりに……。あの子驚かせちゃったかな」  苦笑いを浮かべながら男は逃げた黒猫を見つめると、次いでその視線を僕に向けてきた。  至近距離50センチでまじまじと見つめられる経験がない僕は、どきまぎとして数センチ彼とは反対側に身体を動かした。けれどそんな虚しい抵抗は何の意味もないのだと思い知らされる。 「ねえ、おにいさん。ここの猫カフェには一人で来てるの?」 「えっ?」  ぐっ、と彼が顔を寄せてきたから。彼の整った顔がドアップで視界に入り、僕は心の中で「ひっ」と悲鳴を上げた。彼はまるで芸能人みたいに眩いオーラを放っているのだ。眩しすぎてその光に近づくなんて僕には恐れ多いくらいに。  頭の中では、変な人だったらどうしよう、とか。  何かのマルチの勧誘とか?  なんていう見知らぬ人への警戒心がぐっと強まる一方で、僕にはこの人が悪い人には見えなかった。  だって、さっき逃げた黒猫のこと心配してたし。  動物好きな人に悪い人はいない、なんて言葉をよくおばあちゃんから聞いて育った僕は、まだ出逢って間もない彼を信じることにした。自分でも驚いた。僕が初対面の人を一目で信用することなんて、今まで一度もなかったから。  ただ、なんとなく。  この人は僕に嘘をついたりしないだろうな。  なんていう直感が働いた。 「一人で来ました」  僕がおずおずと答えると彼は「そっかあ」と微笑んで僕の顔をじっと見つめてくる。彼の瞳の奥は天の川みたいに光の粒で満たされていて、息を吸うのも忘れて見とれてしまいそうになる。  僕がぽーっとしていたのだろうか。彼はくくく、と喉を震わせてから僕の膝に手を乗せてきた。不意に、しかも優しく。 「っ!」 「さっきの子の毛がまだついてるよ」  そう言って僕の履いていたアイボリーのフレアパンツの膝の部分にくっついていた黒猫の毛をつまんで見せてくれた。初対面の人に身体を触られたことには驚いたが、その触れ方は優しくて、不思議と嫌悪感はなかった。 「ああ。さっきまであの黒猫のこと膝の上で抱っこしてたから……。ありがとうございます。毛を取ってくれて」  ぺこりと頭を下げて自分の膝を見つめていたら、今度はくしゃりと僕の頭に温かい何かが乗った。 「おにいさん。礼儀正しいね。おりこうさんだ」 「わっ……」  ぽんぽんと彼に大きな手のひらで頭を撫でられている。僕はまさかそんなことが起きるなんて予測してなくて、その場でその姿勢のまま固まることしか出来なかった。  そんな時、僕のピンチを救ってくれたのは──。 「んなぁー」  さっきの逃げた黒猫の鳴き声だった。甘えるような可愛い声の主は、僕の膝の上に登ろうと駆け寄ってくる。  そうして、ぴょんと大きくジャンプして僕の膝の上に座った。黒猫は僕の顔を数秒見つめると、キリっとした表情に変わり視線を彼に移した。 「ん"なあ"ーっ」 「あいてっ」  黒猫がかぎしっぽを膨らませて、彼の腕を猫パンチでばしん、と叩き落としたのだ。 「だっ、大丈夫ですか?」  僕はピンチを救ってくれたヒーローの黒猫に感謝しつつも、猫パンチされた彼のことが心配になり声をかけた。  すると彼は、全身をわなわなと震えさせて立ち上がる。  僕は彼が黒猫にブチ切れたんじゃないかと思って、ぎゅっと黒猫のことを守るように抱きしめた。 「か、かわいすぎるっ!」 「ん!?」 「おにいさん! おにいさんのおかげでようやく俺、この子に触れました。猫カフェ4回目の来店にして悲願達成。ありがとうございます」  彼は怒っているのではなく、喜びすぎて興奮している様子だった。

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